【コロナ禍の教育】世界の学校ではどう取り組んでいる?ーインド編
- コラム
12月に入りワクチン接種を開始した国々がある一方、日本での第3波感染拡大、イギリスでの変異種の発覚など、新型コロナウイルスの収束の見通しは未だついていません。今回【コロナ禍の教育】第三弾とし、南アジア地域のインドに注目し、子ども達の学習を継続するために導入された取り組みをご紹介します。
【コロナ禍の教育】の第一弾・第二弾の記事はこちら▼
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コロナ禍と南アジア
新型コロナウイルス(以下、コロナ)は各地域・各国での感染拡大の状況やコロナ以前の経済状況・教育課題などの条件が複雑に作用し、多様な打撃をもたらしています。各地でコロナ禍の現状が異なることを踏まえ、まずコロナ以前からの南アジア地域の教育概要とコロナ禍の影響を見ていきます。
南アジア地域の教育概要
南アジアは世界人口の約22%を占める16億人が生活し、近年著しく人口が増加している地域です。インド,パキスタン,バングラデシュ,スリランカ,ネパール,ブータン,モルディブ,アフガニスタンの8か国が加盟する南アジア地域協力連合(SAARC)という連合組織があるのも特徴的です。
経済の急成長、GDPの伸びなどが見られる一方、多くの社会課題を抱えています。中でも深刻なのが教育課題であり、非識字人口、多くの非就学児童、低い就学率・学習成果、男女格差、教育の質など様々な課題が遍在する地域でもあります。
現に、南アジアは非就学児童が多い地域としても知られています。初等教育への就学率の改善はありますが、次の2つの図は、初等教育・前期中等教育の非就学児童数を示し、南アジアと他地域の比較も図示しています。
これらの図から、他地域と比較しても南アジアの非就学児童が多いことがわかります。
この現状から、SDGs ゴール4.1「2030年までに、すべての子どもが男女の区別なく、適切かつ有効な学習成果をもたらす、自由かつ公平で質の高い初等教育および中等教育を修了できるようにする。」の達成が叶わないと懸念されています。
新型コロナウイルスの影響の深刻性
南アジアではコロナ感染拡大に伴い、既存の課題が深刻化し、他地域より大きな打撃を受けていると報道されています。
インターネットのアクセス
南アジアではネットワーク基盤が確立されておらず、貧しいコミュニティーにとって、オンライン授業へのアクセスは極めて困難です。現に、同地域の家庭の約33%のみインターネットアクセスがあると言います。2そのため、休校中の学習の継続が難題でした。
非就学児童の増加
コロナ以前から、約9,500万人の学齢期の児童が就学していない南アジアですが、休校の影響を受けた約4億3,000万人の子どものうち多くが中退する可能性があると懸念されています。1
教育アクセスの男女格差の悪化
長期にわたる休校の結果、多くの女の子が学校教育から退くことになり、女子教育の改善を阻害すると指摘されています。また、コロナの経済的打撃により、中退だけでなく、児童婚を強いられる女の子もいます。南アジアでの児童婚の増加は世界的にみても深刻です。セーブ・ザ・チルドレンによると、2020年にコロナの影響で児童婚に追いやられると推測されている約50万人の女の子のうち40%以上は南アジアの女の子です。
(筆者作成 参考: Covid-19 places half a million more girls at risk of child marriage in 2020|Save the Children)
この地域分布の図からも、南アジアでのコロナの打撃の深刻性を読み取ることができます。
参考
1) Urgent need to secure learning for children across South Asia|UNICEF
COVID-19 impacts girls’ education in South Asia|World Literacy Foundation
コロナ禍での教育現場ーインド
【コロナ禍の教育】シリーズ第三弾では、南アジアに位置するインドを選びました。
インドの教育は、数学教育・IT教育などのテーマから日本でも度々注目されてきたと思いますが、今回はコロナ禍で子供たちの学習の継続のためにどのような対策が取られてきたのかご紹介していきます。
まずインドの学校・教育の概要を簡単にご紹介し、行政レベル・学校レベルで導入した対策を見ていきます!
インドの学校概要
人口大国であるインドの学齢期人口は約3,700万人にも上ります。2 日本の学生人口の約2倍の子どもを抱えている大国です。
インドでは州政府が各地域での教育に責任を持っています。連邦は各州の教育水準の維持などに責任を持ち、近年では積極的に財政的責任などを担うことで、国レベルの教育政策・国家政策を行なっています。国レベルで教育を管轄しているのが中央政府の人的資源開発省の初等教育・識字教育局です。
(筆者作成 参考:国・地域の詳細情報(平成29年11月更新情報)|外務省 国別分科会資料 インド|三菱総合研究所)
このように各州が教育の権限を持つため、カリキュラム及び教科書、学校制度も州によって異なりますが、ほとんどの州で次の図の通りの学校制度がとられています。
(筆者作成 参考:国・地域の詳細情報(平成29年11月更新情報)|外務省)
2009年実施の無償義務教育権法により、義務教育とされる初等教育期間は無償化されています。
各学校区分での就学率はこちら▼
学校区分 | 学齢期人口 | 総就学率 |
初等教育 | 123,996,484 | 96.83% |
中等教育 | 177,432,640 | 73.79% |
高等教育 | 123,012,080 | 28.6% |
(筆者作成 参考:India|UNESCO)
初等・中等教育の就学率を見ると、極度に低いわけではありませんが、インドは地域差が大きく、農村部や山間地などの特定の地域では就学率が低い傾向にあります。また、公立校の校舎が不足している地域もあり、非就学児童が偏って多い地域もあります。そのため、全ての地域で上記の就学率を達しているわけではないことを留意する必要があります。
参考
2) Covid-19 Response: South Asia: Higher Education|World Bank
政府の教育機関への支援
インドでは各州政府が教育の権限をもつため、コロナ禍の対策も州政府により様々でした。
国レベルで取られた対策の一つが教育機関の休校です。
インド内務省は2020年3月25日に最初の全土ロックダウンを導入し、その後複数回にわたりロックダウンを延長しました。ロックダウンに伴い全ての教育機関も休校措置をとりました。10月15日以降から各地の感染状況に応じて学校を再開する方針をとり、再開した州もありましたが、教員及び児童間の感染拡大のため再び休校した地域・学校も多くありました。
11月末から12月にかけ、各州が今後の学校再開の予定を決定し、徐々に学校を再開した地域もある一方、2021年まで開校しない州もあります。
(参照元:COVID-19 in India at a glance|PRS Legistlative Research)
インドでの感染拡大は未だ収束しておらず、2020年12月22日時点での感染者数は29万2,518人、3月以降の総感染者数は1,007万人にも上ります。そのため学校の再開には慎重な姿勢が取られています。
インドでの休校に伴い、行政レベルでの対策が不可欠であった課題が2つありました。オンライン教育普及のためのデジタルデバイドの是正と、学校給食の配給です。
①オンライン学習のための対策
先ほどご紹介したとおり、インドではインターネット基盤が整っておらず、オンライン授業の実現は深刻な課題でした。なるべく多くの子どもが授業を受けることができるよう、政府は様々な取り組みを実施しました。
オンライン環境の整備
マルチモードで利用することができる学習コンテンツを統合した「PM e-Vidyaプログラム」を構築しました。このプログラムのもと導入された対策のいくつかをピックアップし表にまとめてみました。
DIKSHA | 1〜12年生向けの学習教材の共有ポータルビデオ授業 ・ワークシート ・課題など80,000以上の電子書籍 ・250人以上の教師によって共有された教材 ・複数の言語で作られた教材 ・教育機関・民間団体・専門家がアップロード可能オフラインで使用可能 |
e-Pathshala | 1〜12年生向けの教材ポータル ・教科書・本・音声教材など ・696の電子書籍・うち377の電子教科書 ・1,886のオーディオ教材 |
Swayam | 9〜12年生・高等教育機関向け学習プラットフォーム ・1,900コース ・全科目をカバー ・修得単位の移行可能 |
e-PG Pathshala | 大学院生向けの学習プラットフォーム ・電子書籍・オンラインコース・教材 ・1日中オンラインでなくても使用可能 |
(筆者作成 参考:Impact of pandemic covid-19 on education in India|Jena, Impact of COVID-19 on School Education in India: What are the Budgetary Implications?|CBGI and CRY, Ministry of Education has taken several initiatives to ensure studies of school going children during COVID-19 pandemic – Education Minister|Indian Diary)
DIKSHAやe-PG Pathshalaの様に、一日中オンラインでなくても使用可能な教材が整備されました。また、多言語国家であるインドに相応しく、学習教材も複数の言語で用意されました。
この他にも州政府が独自に導入した対策もいくつかあります。
・アーンドラ・プラデーシュ州:Abhyasaという自己学習アプリの構築
(引用元:Impact of COVID-19 on School Education in India: What are the Budgetary Implications?|CBGI and CRY)
・ケーララ州:全ての教科書の電子化・57,840台のパソコンの配給
・西ベンガル州:テレビチャンネル、Whatsapp、電話を応用した質問・相談セッションの実施
テレビ・ラジオの活用
パソコン・タブレットやインターネットの接続が無い子ども達も学習を継続できるよう、各家庭に直接配信されるテレビチャンネル・ラジオも活用されました。
・32チャンネルを学習プログラムの放送専用に応用(9〜12年生・大学生向け)
・289の地域ラジオ局が授業を放送(9〜12年生向け)
テレビの1チャンネルは聴覚障害のある子ども達向けに、手話による学習コンテンツの放送に使われました。
精神的社会的支援システム
インド教育局は、オンライン学習・休校による子ども達への心理的負担にも注意を払い、精神社会的支援「Manodarpan」も立ちあげました。Manodarpanは生徒・教師・家族が利用することができる支援システムで、下記の取り組みが含まれています。
・精神的健康を推奨するためのガイドライン(学校・生徒・教員・保護者向け)
・ウェブページの立ち上げ
・フリーダイヤルのヘルプライン(500人あまりの志願カウンセラーによるカウンセリング)
・カウンセリングの援助
・オンラインチャット
・ウェビナー
コロナを起点に立ち上げられたシステムですが、コロナ後も子ども達の精神的健康・幸福度をケアするために活用される予定です。
コロナ禍でのオンライン教育充実に向け、インド教育局はオンライン学習推進のために約81億ルピー(約115億円相当)を、教員研修のために約26億ルピー(約37億円相当)を当てています。3
※Yahoo!ファイナンス外国為替計算をもとに算出(1ルピー=約1.41円)
②給食の配給
学校の給食は、多くのインドの子どもにとって、1日に摂取する栄養の重要な部分を占めます。そのため、休校は子ども達の学習への影響だけでなく、成長阻害ももたらしました。
この課題は早期に対応され、インドの最高裁判所は各連邦及び州に、子ども達の必要な栄養を家庭に手配するよう指示しました。中央政府から食糧を配給するための十分な資金が供給されていないなどの理由から、各地域での実践が未だ充分ではないという報道もありますが、各地域で取られた例は次のとおりです。
・ビハール州:親の口座に送金
(引用元:Impact of COVID-19 on School Education in India: What are the Budgetary Implications?|CBGI and CRY, p.5 筆者翻訳)
・ケーララ州:食事の自宅配達
・カルナータカ州:21日分相当の穀類の配達
・ハリヤーナー州:1食の配給分の配達及び調理費用の支給
・マハーラーシュトラ州:地方学校の生徒への穀物の配達
子ども達が学習し成長するために、栄養は不可欠であることを踏まえると、この食料配達の取り組みは、休校中の子ども達の学習を保障するためにとられた施策と考えることができます。
学校・教育機関での取り組み
国・州政府レベルで導入された対策に注目してきましたが、次に学校レベルで行われた取り組みをいくつかご紹介します。学校での対策は各州で異なり様々ですが、いくつか報道されている取り組みを写真と一緒に取り上げてみました。
先生方の工夫
(参照元 ①&②: Covid in India: With schools shut, teachers turn to loudspeakers and other tricks|BBC ③: Coronavirus: How the lockdown has changed schooling in South Asia|BBC ④: These Indian teachers found an innovative way to keep pupils learning during coronavirus lockdown|World Economic Forum)
①の写真では、子ども達が自宅で授業を聞けるよう、先生達が町内スピーカーで授業を放送しています。(グジャラート州)
②の写真では、先生が小さな黒板・本棚・傘を取り付けたバイクで巡回し、授業を行なっています。子ども達が屋外に間隔を開けて座り、ソーシャルディスタンスを保ちながら学習を続けることができました。(チャッティスガル州)
③の写真では、住宅街で建物の壁を黒板として使い、授業を行っています。
④の写真では、先生達が授業を事前に録音し、スピーカーをバイクで巡回させ、屋外授業を行なっています。(西インド地域)
これらの取り組みは、子ども達の学ぶことへの強い意欲・先生方の教えることへの強い使命感を象徴している様に感じられます。
WhatsApp
この他に、インドの学校の対策で特徴的だったのが、WhatsAppの活用です。WhatsAppとはテキスト・ボイスメッセージ、ネット通話・ビデオ通話、グループチャットなどを機能を兼ね備えるLINEに類似したチャットアプリです。
WhatsAppは休校中、重要な連絡手段となり、多くの教員が生徒と保護者に直接連絡し、教育を継続しました。また、グループチャットを作り、グループディスカッションにも使われました。なかには、WhatsAppを経由したやり取りから成績評価をした教員もいたそうです。
インドの学校レベルの対策をいくつかご紹介しましたが、建物の壁や町内スピーカー、WhatsAppなど、身近な術を応用した取り組みが多いのが特徴的でした。
まとめ
今回【コロナ禍の教育】第三弾とし、インドに注目してみました。コロナ以前から教育課題が深刻なインドですが、感染拡大に伴い、非就学児童の増加・男女格差の悪化が懸念されていることがわかりました。そして、デジタルデバイドが深刻なインドで、休校中の学習を保証するために多岐にわたる対策が実施されていることがわかりました。オンライン教育の実現に向け、学習プラットフォームが整備され、精神的支援や給食などの食糧支援も行うことで、子ども達が継続的に学べるよう対策が施されています。
【コロナ禍の教育】シリーズで3か国・地域を特集しました。新型コロナウイルスの感染拡大は教育格差、オンライン教育、デジタルデバイドなど複数の教育テーマへ再度着目する機会となっています。引き続き、様々な教育課題・テーマに特集していきたいと思います!
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参考:
Central government’s response to the COVID-19 pandemic (Apr 27 – May 4, 2020)|PRS Legislative Research
COVID-19 Impact: Responses by State Education Regulators|India Corporate Law
COVID-19 in India: Education disrupted and lessons learned|Brooking
Education in the times of Covid19|Central Square Foundation
Every Child Learns: South Asia Headline 2018-2021|UNICEF
India coronavirus: Online classes expose extent of digital divide|BBC
Indian National Commission for Cooperation with UNESCO Response to COVID19|Ministry of Education, Government of India
Interventions of States in Response to COVID-19 Outbreak|Dvara Research
Learning in times of lockdown: how Covid-19 is affecting education and food security in India|Alvi and Gupta
Status quo, challenges, and future implications of E-learning|Central Edges, Sarif
Status, trends and challenges of Education for All in South Asia (2000-2015): a summary report|UNESCO
インド政府による新型コロナウィルスに伴う経済対策第2弾|インド日本商工会
南アジア地域協力連合(SAARC)|外務省
教育水準の質的向上に向けて|新興啓林
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