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教育格差ー日本における現状とコロナ禍で拡大する格差とは?

教育格差と聞いて、発展途上国を連想する方が多いかもしれません。しかし、教育格差や子どもの貧困は先進国諸国でも深刻化しており、日本に住む私たちにとっても身近な社会課題です。今回は、日本における教育格差と新型コロナウイルス感染拡大がもたらした影響について要点を紹介します。

教育格差とは?

「教育格差」を検索すると、学力格差、達成格差や地域間格差、高等教育格差など様々な関連語が出てきます。これらのキーワードから、教育格差の意味を何となく想像できるかもしれませんが、今回は「教育格差」の定義を見てみましょう。

教育格差の定義

教育格差を専門的に研究されている早稲田大学の松岡准教授の説明を参照しましょう。

教育格差は学習機会の有無や学力の高低のような結果の差ではなく、子ども本人に変えることができない初期条件である「生まれ」と結果に関連があることを意味します。さまざまな「生まれ」がありますが、なかでも出身家庭の社会経済的地位(Socioeconomic Status、以下SES)と出身地域は主要な初期条件です。この「生まれ」によって、教育成果(学力や学歴など)に違いがあることを教育格差と呼びます。SESは文化的・経済的・社会的な要素を統合した概念で、親の学歴・世帯収入・職業などで構成されていて、高いほど子どもの教育にとって有利な条件といえます。

(引用元:新型コロナが突きつけた「教育格差」(前編)|NHK教育サイト(2020)

 

この説明文を図式化してみました。

(上述の説明をもとに筆者作成)

つまり、教育格差とは単に教育成果の差を指すのではなく、「生まれ」の初期条件により教育成果の差が生まれることを指します。

日本での子どもの貧困と教育格差

教育格差と深く関連し取り上げられるのが、子どもの貧困問題です。

日本における子どもの貧困は「相対的貧困」という指標により割り出されます。相対的貧困とは、国における等価可処分所得(世帯の手取り収入を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分(50%)に満たない世帯を指します。

近年の日本の子どもの貧困率の推移は下表のとおりです。

(筆者作成 参考:6 貧困率の状況|厚生労働省2019年国民生活基礎調査の概要 Ⅱ各種世帯の所得等の状況|厚生労働省, p.14-15

注目したいのが、2015年の13.9%から2018年の13.5%に大きな改善がない点であり、日本経済新聞は「抜本的な改善には至っていない」との見解を示しています。現に、1985年から2018年の全体的な変動を示すトレンドラインは緩やかな上昇傾向にあることが分かります。

日本はOECDの基準に基づき子どもの貧困層を「中央値の半分に満たない世帯」としていますが、ユニセフ・イノチェンティ研究所は世帯収入の中央値の60%に満たない世帯の子どもを貧困層と定義し、2020年の報告書で日本は18.8%の子どもが貧困に直面していると報告しました。

(筆者作成 参考:2019年国民生活基礎調査の概要 Ⅱ各種世帯の所得等の状況|厚生労働省(2020), p.14-15参照 In Almost Half of Rich Countries – More than one in five children lives in poverty|UNICEF (2020) ※両資料共、2018年集計データに基づく報告)

これらのデータから、日本には貧困状態にある子どもが多いことが分かります。

そして、子どもの貧困の脅威の一つが教育への影響です。上述の定義でみたとおり、出身家庭の社会経済的条件は子どもの教育機会を左右します。貧困下の子どもは教育において相対的に不利な立場におかれ、日本でも教育格差に苦しむ可能性のある子どもが多くいると考えられます。

参考:
子どもの貧困率13.5% 7人に1人、改善せず|日本経済新聞(2020)

教育格差の影響は?

教育格差がもたらす様々な影響のなかで、世代を超えた連鎖と社会的損失についてご紹介します。

世代を超えた連鎖

「生まれ」の初期条件に起因する教育格差は、子どもの最終学歴を左右し、就業率・就業形態(正規・非正規)にも影響を及ぼします。この教育格差の影響は世代を超えた持続的な貧困連鎖を生み出しかねません。

貧困が引き起こす子どもの就学・進学問題」フォーラム キッズドア編【前編】|ベネッセ教育総合研究所講演録4 貧困の連鎖と教育支援 NPO法人キッズドア理事長 渡辺由美子氏|日立財団 を参考に筆者作成)

「生まれ」の条件に関わらず、高学歴や高収入の職に就く人たちもいます。しかし、少なからず日本にはこのような負の連鎖が存在し、松岡准教授は次のように指摘します。

「生まれ」が教育達成を介して職業や収入などと関連する以上、日本はいまだに「緩やかな身分社会」といえます。

(引用元:新型コロナが突きつけた「教育格差」(前編)|NHK教育サイト(2020)

 

このように教育格差は、子どもの教育成果だけでなく、社会人としての生活をも左右し、学生時代に限らず人生の可能性を制限するリスクがあるのです。

社会的損失

少子化が進み人口が減少する日本にとって、教育格差・子どもの貧困は大きな社会的損失をもたらします。想定される損失とし、次のような点が挙げられています。

・人材・市場の縮小
・人的資本の劣化及び不足
・賃金水準の低下
・税・社会保険料収入の減少
・生活保護等の社会保障給付の増加

日本財団と三菱UFJリサーチ&コンサルティングが共同で推計した『子どもの貧困の社会的損失推計』では、子どもの貧困課題を放置すると、2.9兆円の生涯所得の減少、1.1兆円の財政支出が発生するとしています。

このような社会的損失も踏まえ、内閣府は子ども貧困対策は未来への投資とし、重要視しています。

参考:
子どもの貧困の社会的損失推計 レポート|日本財団(2015)

コロナ禍の教育格差への影響

私たちの生活を大きく変容させた新型コロナウイルス感染拡大ですが、教育格差にも影響を及ぼしています。コロナ禍で着目された教育格差の問題についても簡単にみてみましょう。

新型コロナウイルス感染拡大により2020年3月2日から全国の学校に臨時休校要請が出されました。その後4月7日の緊急事態宣言に伴い当初の予定から休校は長引きました。既に学校は再開していますが、数ヶ月続いた休校は教育格差を拡大したと注目されています。

家庭環境

休校に伴い、自宅で学習を続けることが求められた子どもたちですが、家庭環境が大きな影響を与えました。

①親の勤務状況と自宅学習の支援:
共働きやひとり親世帯で、なおかつ親が出社し続けた家庭の子どもは、登校時間や時間割の縛りがないため、生活リズムが崩れやすい環境におかれました。子どもだけで自律的に学習意欲を維持するのは簡単ではなく、学校から与えられた課題をやらずじまいになった子どもは多くいたはずだと指摘されています。

また兄弟姉妹と部屋を共有したり、勉強机が無いなど、家庭の学習環境が整わないまま休校を経験した子どももいました。

日本財団の『18歳意識調査』によると、休校措置で教育格差を感じた理由とし、以下の点があげられました。

教えてくれる大人(親)が常にいるかいないかの差は大きい

家で勉強できる環境が整っている必要がある

学校以外で学習する習慣がない人は遅れると思う

(引用元:18歳意識調査 「第26回 – 学校教育と9月入学 –」詳細版|日本財団, p.12

 

②ICT環境
休校中の学習を左右した二つ目の家庭環境要因はICT環境です。オンライン活用で学びの継続が期待された中、ICT環境が整わない家庭もあり、インターネット回線、パソコン・タブレットが無い家庭の子どもは、学校のオンライン配信授業やEdTech事業の普及によるインターネット上の教材へのアクセスが限られました。

ICT環境に関し、『18歳意識調査』では次のような声が挙げられました。

ネット環境がわるく授業が受けにくい

ネット環境はすべての生徒にはない 

自宅学習もインターネット環境で大きく変わってしまう

(引用元:18歳意識調査 「第26回 – 学校教育と9月入学 –」詳細版|日本財団, p.6, 12

 

③通塾
休校措置に伴い教育格差が拡大したと指摘される三つ目は、通塾ができる家庭か否かです。高SES層が、塾に支出し休校中の学習を補おうとする中、底SES層の中には塾という選択肢が無い子どもも多くいます。

現に『18歳意識調査』でも、休校措置による教育格差の背景とし塾というキーワードが複数回挙げられました。

学校がないから、塾に通っている子どもといない子どもとで差が生まれてしまうと思う

お金があれば塾へ行く

私立の学校や塾など家庭での勉強している人としていない人で大きな差ができる

(引用元:18歳意識調査 「第26回 – 学校教育と9月入学 –」詳細版|日本財団, p12

 

公立と私立の差

家庭環境以外で教育格差を拡大したと注目された点が公立校と私立校の取り組みの差でした。

文部科学省によると、調査対象の公立小中高及び特別支援学校のうち、ライブ双方向のオンライン指導を行った学校は5%に留まリました(4月16日時点)。一方、首都圏模試センターによると、調査に参加した私立中学校の90%が5月の連休明けの時点でオンライン授業やホームルームを導入していました。

私立校と公立校のオンライン活用の差の背景とし、日本経済新聞は「公立の小中高校の多くは、環境も制度も整っていないのが実情だ」(2020年5月5日)と取り上げました。

東洋経済によると、公立校でオンライン活用を熱望する教員が多くいる中、管理職以外は業務メールアドレスがない、貸与されているパソコンで検索エンジンが使えない、などのICT環境の課題も浮き彫りになったといいます。

休校中の私立校・公立校による学習機会の差は子どもたちも感じています。

私立と都立ではオンラインでの授業などで、勉強時間の差が出てしまうと思う

私立に通っている人たちはオンライン授業をやっているのに、公立に通う私たちは自習で頑張るしかない

(引用元:18歳意識調査 「第26回 – 学校教育と9月入学 –」詳細版|日本財団, p12

 

休校中の対応の差は私立・公立間だけでなく、学校間、地域間でも存在したことを留意する必要はありますが、私立・公立間のオンライン活用の差は教育格差を拡大したと着目された点です。

参考:
新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に関連した 公立学校における学習指導等の取組状況について|文部科学省
3月~6月の「私立中のオンライン活用(授業やHRなどの学校活動)状況」についてのアンケート調査結果公開!|首都圏模試センター
一斉休校、学力低下を防げ オンライン活用に濃淡|日本経済新聞
私立と公立「教育格差」、長期休校が映した現実|東洋経済
新型コロナ休校で「教育格差」6割、慣れないオンライン授業には戸惑い|教育とICT Online(2020)

教育格差是正への道ー3つの対策

教育格差の解決のためには、行政の政策制定に限らず、草の根で貧困下の子どもへの教育支援に取り組む自治体・NPO団体等の体制強化と、包括的なアプローチが必要とされています。様々な対策が考えられますが、今回は重要視されている3つの対策をご紹介します。

①データによる教育格差の可視化
教育格差の現状は、見えづらいという特徴があります。

福岡教育大学の川口准教授によると、日本では教育格差のデータの累積が進んでいないといいます。早稲田大学の松岡准教授も、教育格差の解決に向け、第一に「データで日本全体の実態を踏まえること」が必要だと指摘します。

教育格差の実態を可視化した上で、議論や教育施策を打つことは急務とされています。

②教員人材の育成
第二に、教員へ投資し学校での底SES層への支援を強化していくことです。

OECDは教員へ投資することで、生徒のニーズを理解し学習支援をしたり、生徒・親及び学級を巻き込み学習環境を整えていくスキルを伸ばすことが必要と訴えかけます。

同様に、松岡准教授は、教師が校長や教育長の協力の元、「各現場の文脈にあった対策」をすることが重要と提案します。また、比較的高SES層出身が多く教育格差への知見が限られている教員の対応力を高めるためにも、教職課程で教育格差を学ぶことを義務化することも提唱しています。

③底SES層への追加支援
第三に、データに基づき実態を把握した上で、底SES層への優先的な投資が有効とされています。今回の新型コロナウイルスに伴う休校措置で浮き彫りとなった、家庭間や学校間のICT環境の差に着目し、底SES層(地域、学校及び家庭)への優先的な1人1台端末配布も推奨されています。

環境整備に加え、公立校に勤める教員のデジタルリテラシーを高める研修に支出するなどの投資も必要です。

Teach For Japanでは、コロナ禍で奮闘されている教員の方々へのオンライン研修に取り組みました(1)。また、今後学校に赴任するフェローはSlackやGoogleツールなどのICTをふんだんに使った研修を受け、デジタルリテラシーの高い人材を公立校へ送り出しています(2)。

関連記事:
(1) 今こそ、みんなで学校を支えよう
(2) Teach For Japanの赴任前研修って何やるの?候補生の声もご紹介!

Teach For Japanは、世界60ヵ国以上に広がるTeach For Allというグローバルネットワークの一員で、「すべての子どもが、素晴らしい教育を受けることができる世界の実現」をビジョンに活動する認定NPO法人です。
主な事業は、教育をより良くしたいと考える多様な人材を、選考・研修を通して育み、自治体との連携により、2年間「教室」に教師として送り出すフェローシップ・プログラムの実施です。応募の時点で教員免許状の有無は問わず、選考や赴任前の研修プロセスを経て、臨時免許状や特別免許状を活用し教員になることができます。 

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まとめ

今回、非常に複雑な社会課題である教育格差の要点をまとめてみました。以前から存在する教育格差ですが、新型コロナウイルスに伴い拡大したという論点があることも分かりました。昨今「教育格差」は新聞、オンライン、書籍、テレビなど様々なプラットフォームで取り上げられています。身近なソースを活用し、引き続き教育格差の理解を深めていきましょう。

最後に、日本の教育格差は、解決が期待できない悲観的な課題なのでしょうか?OECDは”Not at all!”と呼びかけ、”policies and practices matter”(政策と実践が重要だ)と訴えかけます。どの様な政策が行われているのか、自分の地域で、個人で何が出来るのか、一緒に考えていきましょう。

参考:
『教育格差』を著した松岡亮二・早大准教授「9月入学で学力格差は埋まらない」|朝日新聞EduA
教育行政が有するデータを利用した教育格差の実態把握|福岡教育大学紀要 第69号 第4分野 川口 俊明
教育上の不利益は10歳のときから始まる|OECD(2018)
国における子供の貧困対策の取組について|内閣府(2018)
子どもの貧困対策|日本財団
忍び寄る「子どもの貧困」 が日本の潜在力を奪う|大和総研調査季報 2019 年 新春号 Vol.33 溝端 幹雄
私立と公立「教育格差」、長期休校が映した現実|東洋経済Online
新型コロナが突きつけた「教育格差」(前編)|NHK教育サイト(2020)
新型コロナが突きつけた「教育格差」(後編)|NHK教育サイト(2020)
貧困が引き起こす子どもの就学・進学問題」フォーラム キッズドア編【前編】|ベネッセ教育総合研究所
Disadvantaged families fear Japan’s school closures widening education gap|The Japan Times (2020)
How can countries close equity gaps in education?|OECD(2018)

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