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コラム column

【コロナ禍の教育】ユニセフ報告書から考えるコロナの子どもへの影響

未だ脅威的な拡大が続く、新型コロナウイルス。このパンデミックは、子どもたちの生活も混乱へと導きました。同時に、多くの既存の教育課題への再注目の機会をもたらし、様々なテーマも各メディアで取り上げられてきたと思います。今回、ユニセフ報告書「レポートカード16」をもとに、新型コロナ感染拡大が子ども達にどの様な影響を与えているのかご紹介していきます。また、生態学的システム理論という枠組みも応用し、複雑な影響を読み解いていきます。

新型コロナの子どもへの影響

2020年9月、新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大の最中、ユニセフ・イノチェンティ研究所は、子ども達の幸福度に関する報告書「レポートカード16」を発表しました。

日本を含む調査対象の38か国の子どもの幸福度を複数の指標を用い測定し、国際比較の結果を示しました。今まで、報告書の「結果」に注目した記事が多く公開されていますが、今回は、調査に使われた「枠組み」に注目して、コロナに伴う影響・対策の重要性を読み解いていきたいと思います。

ユニセフ報告書の結果・子どもの幸福度に関し詳しくご紹介した記事も、ぜひご一読ください▼
子どもの精神的幸福度ワースト2位!ウェルビーイングとは?|Teach For Japan

子どもを取り巻くエコロジー

早速「レポートカード16」(以下、RC16)で使われた枠組みをご紹介していきます。

RC16では、子どもの幸福度を分析するために、子どもを取り巻くエコロジーを包括的に考慮する多層的な枠組みを使いました(図1)。円の内側から、①The world of the child:子どもの社会(世界)、②The world around the child:子どもの周りの社会(世界)、③The world at large:社会(世界)全体の3層に分けられています。

図1(参照元:Innocenti Report Card 16|UNICEF, p.8、筆者加筆)

この枠組みは、子ども達の成長は彼らを取り巻くエコロジーの各層の条件次第で変わることを捉えています。RC16で分析された「子どもの幸福度」に関連する各層の要因を見てみましょう。

①友人・家族などとの直接的な関わり(遊んだり、学んだり、社交したり)
②子どもに間接的に影響を与える地域コミュニティー、親の仕事・職場、家庭の経済状況など
③社会の大きな構造で、①&②をも形作る政策や社会状況など(教育政策、経済状況)

これらの要因が示すとおり、子どもの成長には彼らが直接経験する友人関係や親との関係性に加え、社会制度や親の職場、教員の研修制度などの間接的に子どもに関わる要因も重要な役割があることがわかります。

この枠組みは、様々な状況を分析するのに応用できる便利な枠組みで、RC16の執筆に携わったアナ・グロマダ氏は次のように述べています。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のようなことが起きた時、それが子どもたちの幸福度にどう影響するかを考えるためにも使うことができます。

(引用元 ユニセフ報告書「レポートカード16」先進国の子どもの幸福度をランキング:日本の子どもに関する結果|ユニセフ

コロナの影響を考えるのに応用できるというこの枠組み、実は、心理学者ブロンフェンブレンナーが提唱した子どもの発達理論に基づいています。教育学で触れられる専門的な理論ですが、コロナのような大きな出来事の子ども達への影響を読み解くのに分かり易い理論であるため、ご紹介したいと思います!

ブロンフェンブレンナーの生態学的システム理論

ユニセフ報告書に応用された理論が、アメリカ人心理学者ユリー・ブロンフェンブレンナーが1970年代に提唱した「生態学的システム理論」です。(英語ではEcological approach, Ecological Systems theory, Bio-ecological theoryなどと称されています。)基本的な概念を4点にまとめてみました。子どもの成長を理解する為には、子どもを取り巻くエコロジー全体を考慮する必要がある

1)子どもの成長=彼らを取り巻く環境との交流・交わりの結果。
2)子ども自身と環境は双方向的に影響を与え合う。
3)子どもを取り巻くエコロジーは5つのサブシステムに分類可能。
4)子どもを取り巻く世界における幅広い要因を、5つのサブシステムに分類しながら示したのが、図2です。

図2(Child Development: An Active Learning Approach Third Edition|Levine and Munsch(2014)を参考に筆者作成)

この図から、直接的及び間接的な条件が子どもの発達を促していくことが読み取れるでしょうか。各サブシステムを例挙しながらもう少し詳しく説明し、コロナ禍の文脈では何を意味するのか考えていきたいと思います。

マイクロシステム (Microsystem)

<定義>
家や学校などの子どもが直接参加する場面で、親・友人・兄弟などとの交流。

<例>
子どもは周囲の人間との関わりの中で成長します。学校の友達と切磋琢磨したり、家で兄弟の面倒を見たり・遊んだり、親のお手伝いをしたり、先生の指導を受けたりと、対人関係を経て成長します。そのため、どの様な関わり合いがあるかによって、それぞれの子どもの成長軌道は異なります。

<コロナ禍>
コロナ感染拡大により、学校で子どもたちはマスクをつけたままの時間が増えています。「非言語」のコミュニケーションが絶たれ、友達や先生の顔の表情がわかりにくく、不安感を覚える子どもたちも多くいます。他にも、コロナ対策のため、ペア・グループ活動も控え気味になり、話し合いを通し理解を深めたり、お互いから学び会う機会も以前より減っていることも考えられます。

また、保育現場から、マスクは子どもが口の動きから学ぶ妨げになっていると懸念が挙げられました。言語習得時期に大人の口を見れないことで、言語発達に影響が出る可能性もあるかもしれません。

更に、休校により友達作りに悩む子どもの声も度々取り上げられました。友達との関係性に悩むことで、学校への帰属意識にも影響を与えているかもしれません。

メゾシステム (Mesosystem)

<定義>
2つ以上のマイクロシステムの交流が相互作用する環境。家庭と学校の連携など。

<例>
子どもが家で親や兄弟との交流から学んだことは、彼らの学校での言動にも反映します。同様に、友人や先生との関わり方が、家庭で親・兄弟姉妹にとる行動も変えていきます。他にも、先生が親との個人面談で子どもの学校での様子を共有することで、親御さんが家で気をつけて見守る観点も変わってきます。

<コロナ禍>
コロナ対策の一環とし、保護者会や個人面談を中止とする学校も多くあります。子どもの学校での成長や様子を共有する機会、親と教員の連携機会が制限され、親御さんも子どもと接する時に何に気を付けるればいいのか、不安になる方もいるかもしれません。逆に、家庭での出来事によって、子どもの言動に変化が現れた時、学校の先生が家庭で何が起きているのかを把握するのに、以前より時間を要しているかもしれません。

エクソシステム (Exosystem)

<定義>
子どもが直接参加しない場面で、彼らの成長に間接的な影響を与える要因。親の職場や教員養成など、子どもが直接関わる親・先生などに影響を与える事柄。

<例>
例えば、親の残業が立て続き、ストレスが溜まっている状態では、帰宅後の子どもとの関わり方が変わっていきます。他には、教育委員会がどのような教員研修を用意しているか、これは教員のスキルの成長を左右し、結果的に、子どもたちが受けられる教育を変えていきます。

<コロナ禍>
コロナは大人の働き方の様々な変容に導きました。親のテレワーク導入に伴い、コロナ以前より親子の関わり合いが増えた家庭もあるかもしれません。逆に、不安定な経済状況の影響で収入が激減し、結果的に子どもの生活が変容した可能性もあります。

また、休校の混乱下、各自治体の動きによって、オンライン学習への取り組みに差が出ました。結果的に、休校中の学習経験は、子ども達の住む地域によって様々でした。 

マクロシステム (Macrosystem)

<定義>
社会的文化・価値や社会の経済状況など。

<例>
経済が安定し教育に十分な財政を充てている国では、教育改革や学習成果の向上に取り組み易いかもしれません。他にも、女児は学習する必要はないという価値が根付いた社会では、女児の就学率改善への取り組みがあまり見られないかもしれません。

<コロナ禍>
今回のパンデミックに伴い、社会全体教育に対する考え方・価値に変化が起きている様に見受けられます。実際に、2020年にTeach For Japanが開催したイベントで挙げられた例を3点ご紹介いたします。 

1)フィリピンでは、歴史的に子どもの教育は「学校」の責任という考え方が強かったと言います。しかし、コロナにより、親の重要性を認識する機会となり、親は子どもの教育において学校のパートナーなのだという考え方が社会に広がりつつあると言います。(Teach For Philippines, CEOクラリッサ)

2)デジタル教育への注目が高まり、教育の新しい可能性が見えてきている。(Teach For Japan, CEO中原)

3)教育の公平への関心が高まり、社会全体で議論が増えていること。(Teach For All, アジア・パシフィック地域統括者エドナ)

この様に社会全体の共通認識が少しずつ変わることで、各国での今後のアクションをポジティブに導いていく可能性も考えられます。

関連イベントのレポートはこちら▼
【イベントレポート】サポーターの皆様限定!アジア地域のCEOによるパネルディスカッション

クロノシステム (Chronosystem)

<定義>
時間・時代の影響。子ども自身の時間軸における変化や社会での変化や出来事。

<例>
子ども本人に関わる変化だと、思春期の経験や妹・弟の誕生でお兄ちゃん・お姉ちゃんになる経験。外的な時間要因では、時代的なテクノロジーの発展や歴史的出来事などがあります。

<コロナ禍>
世界中の人々を脅かすコロナ感染拡大は歴史的出来事であり、クロノシステムでの大きな変化と捉えることができます。

また、このパンデミックがもたらす子どもへの影響は彼らの年齢(子ども自身の時間軸)によって異なります。例えば、幼い子どもは、コロナの社会的影響を十分に理解せず、そこまで不安感に駆られていないかもしれません。逆に、幼少期の子ども達は、マスクを介したやり取りのため、脳や言語の発達に影響を受けている可能性も否めません。また、少年は経済状況の悪化などを理解することができるため、悲観的な感情に陥っている子どもが多いかもしれません。同時に、十分なライフスキルがあるため、それを応用してパンデミックに柔軟に順応していることも想定できると言われています。

Multisystem resilience for children and youth in disaster: reflections in the context of COVID-19|Masten and Motti-Stefanidi(2020)の議論をもとに、筆者作成)

この大きな時間軸の上でのパンデミックという出来事は、これまで紹介したマイクロからマクロレベルでの全ての層で変化を引き起こしていることが分かりました。

新型コロナの長期的影響と対策の必要性

これまで、理論を説明しながら、コロナ禍の例も考えながらご紹介しました。コロナ感染拡大は子どもを取り巻くエコロジーの様々なレベルで影響を及ぼしていることが少し見えてきたでしょうか。このパンデミックは、クロノシステムにおける大きな「変化」であり、現在にとどまらず、未来にも影響を及ぼす「出来事」です。

ユニセフはRC16でコロナ禍の混乱が子ども達にどのような(How)長期的な影響を与えるのか、生態学的システム理論の枠組みに基づきまとめています。

(参照元:Innocenti Report Card 16|UNICEF, p.58

マクロレベルのGDPの低下や社会的緊張の高まり、エクソレベルでは医療サービスの制限や休校、貧困家庭の増加などが挙げられています。そして、子どもを取り巻く資源やネットワーク・人との関わり・活動などの条件次第で、それぞれの子どもがどれほどの影響を受けるのかが変わっていきます。

そのため、全ての子どものコロナの経験は異なるのです。コロナに伴い、身体的健康の低下や精神的幸福度の悪化、スキルの損失などに苦しむ子どもも出てくる一方、あまり影響を受けない子どももいると言われています。ユニセフは、格差の拡大・悪化を防ぐためにも、各レベルでの取り組みが必要と訴えかけます。

Teach For Japanでは、コロナ禍で私たちのネットワークを活かし出来ることを考えながら、引き続きの活動に取り組んで参ります。
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コロナの影響を対処すべく、様々なレベルで講じられている対策をご紹介した記事はこちら。ぜひご一緒にご一読ください▼
【コロナ禍の教育】ユニセフ報告書から考えるコロナ対策の重要性とは?

まとめ

今回、新型コロナウイルス感染の子ども達への影響をユニセフ報告書及び生態学的システム理論を応用し、読み解いてみました。子どもを取り巻く様々なレベルでコロナの影響があることが見えてきました。OECDは「コロナウイルス危機が子どもの生活条件や幸福に与える影響について、詳説するのは時期尚早である。」と述べています。今回、懸念されている影響や、報道されている課題に基づきまとめてみましたが、継続的な注目が必要となりそうです。子ども達の影響を最小限に抑えられる様、引き続き、何ができるのか・必要なのか、理解を深めていきたいと思います!

参考
Ecological Model of Human Development|Bronfenbrenner (1994) 
Innocenti Report Card 16|UNICEF
Multisystem resilience for children and youth in disaster: reflections in the context of COVID-19|Masten and Motti-Stefanidi(2020)
The Ecology of Human Development: Experiments by nature and design|Bronfenbrenner (1979)  
Timing is Everything: Coronavirus and the Chronosystem|Mulcahy (2020) 
Understanding the Most Important Facilitators and Barriers for Online Education during COVID-19 through Online Photovoice Methodology|Doyumğaç et al. (2021) – International Journal of Higher Education
コミュニティ心理学におけるコミュニティの定義とコミュニティ心理学の独自性|飯田(2014)
コロナ禍 子どもへの影響は「ストレスたまっている」との声も|NHK 
保育現場のマスク着用 子どもに表情伝わりづらいなど課題も|NHK
学校・地域連携評定尺度の開発と地域住民による評定|小泉(2000)福島教育大学紀要
学校・家庭・地域社会連携のための教育心理学的アプローチ アンカーポイントとしての学校の位置づけ|小泉(2002)教育心理学研究
学校、家庭、地域の連携と子どもたちの育ち : 三者間の予定調和を超えて|赤尾勝己(2017)関西学院大学リポジトリ
学校心理学に関する研究の動向と課題ー生態学的システム理論から見た学校心理学ー|中井大介(2016)学校心理学
政策最新キーワード:子どもの幸福度|同志社大学政策学部 藤本 
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が子どもに与える影響に対処する|OECD
ユニセフ報告書「レポートカード16」先進国の子どもの幸福度をランキング|ユニセフ

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