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自然とあった「教員」という選択肢。ビジョンとなった公民的資質の向上とは?

中高生時代に学校や学ぶことの楽しさや体験した村上さんの中には、自然と「教員」という選択肢があったそうです。しかし、新卒では教員にならず、自分の専門ではない小学校教員への道を選択し、今年で3年目を迎えています。なぜそのようなキャリアを選んだのか? そして、教員になってから何を感じ、何を実践しているのかをインタビューさせていただきました。

村上真由子

※表は横にスライドできます。

赴任期間2018~2020年(6期フェロー)
赴任先福岡県
校種小学校赴任(1年目:1年生、2年目:2年生を担任)
出身大学国際基督教大学
教員免許中学校高校(地理、歴史、公民科)
経歴クリーク・アンド・リバー社→TFJフェロー6期
趣味野球(するのもみるのも)
好きな言葉「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も成らぬは人の 為さぬなりけり」(上杉鷹山)

学校の楽しさ、考えることの楽しさ教えてくれた先生。

教員になろうと思ったきっかけを教えていただけますか。

自然な流れで教員免許を取ろうと思ったところがあります。教員が選択肢の1つになっていた要因は、中学校の担任の先生と高校の倫理の先生との出会いだと思います。

中学校の先生は、中学2、3年生の時の担任でした。その先生のおかげで中学のクラスがすごく楽しかったんですよ! もともとフリースクールで教えていた先生でした。なので、私たちと同じ目線になって親身に話を聞いてくれました。それに、私のことを頼りにしてくれているのが伝わってきて、それが嬉しかったです。

高校の倫理の先生は、教科書通りの順番で教えるのではなくて、私たちに伝わりやすく工夫して教えてくれるユニークな先生でした。当時、私が「普通とは何か?」という問いにハマっていたこともあるんですけど、そのタイミングの授業でデカルトが出てきたんですよね。デカルトの方法序説で「われ思うゆえにわれあり」ってあるじゃないですか。その見せ方がすごかったんですよね! いまでも鮮明に授業のことを覚えているくらい面白くて、それでどんどん倫理にハマっていきました。

そのあと大学に進学してからは、その倫理の先生が大学の公民科の講義を受け持たれていたので、迷わず公民科の授業を履修しました。その先生がいなかったら、私は確実に哲学を好きになっていないです。もしかしたら教員免許もとっていなかったかもしれません。

なるほど!印象に残る先生との出会いがあったんですね。ただ、最初のキャリアは教員ではないのですが、それはなぜですか。

最初は、民間企業に就職しましたが、そのときから社会科の先生になるつもりでした。でも、学校で育って、学校を卒業して、学校に就職したら、ずっと学校にいることになるじゃないですか。私の専門教科は社会科ですし、余計に一度学校外に出た方がいいと思ったんです。なので、私のプランは、3年間民間企業で働いて、それから社会科の先生になるというものでした。

Teach For Japan(以下、TFJ)を知ったのは、そんな民間企業で働いているときでした。フェローシップ・プログラムを知って、面白い仕組みだと感じて説明会に参加しました。私の持っている教員免許は中高でしたが、高校・大学でお世話になった先生から「村上さんは小学校っぽいよね」となんとなく言われていました。

それもあって、小学校教員になる道も探っていて、小学校資格認定試験の受験も考えていました。そのタイミングでちょうどTFJに出会えたから、転居を伴う大きなキャリアチェンジだったんですけど、それでも参加しようと決心できたと思います。

最初はパニック状態。周囲にサポートしてもらいながら一歩一歩前進する日々。

実際に学校現場に入ってみてどのような感想を持ちましたか。

初年度は、1年生の担任でした。正直、入学式初日は緊張しすぎてあまり覚えてないです……。ただ、同学年の先生方に恵まれていたので、入学式はなんとかやりきることができました。ただ本当に大変だったのは、入学式の翌日からです。当たり前ですが、子どもたちは朝の用意の仕方がわからない状態で、すべてを教えなければいけません。でも、私も学校生活について全部知らなかったんです。教室にいる全員が「学校生活とは何か」を知らない状態だったので、最初はパニックでしたね。

それからの数カ月は、毎日6時に起きて、7時に家を出て、学校ではノンストップで働いて、家に帰ってくるのは20時半、21時半でした。家に帰ってからも、ずっと翌日の授業ノートを見て、授業のことを考えながら眠りに落ちるという感じ。朝起きてからも授業のことばかり考えている生活でした。

でも、2学期頃には、少しずつ私も子どもたちも学校生活がわかってきました。それに、教務主任の方が毎週必ず指導案を見てくださって、授業のフィードバックもしてくださったので、授業力もかなり鍛えていただきました。

2年目はどのような実践をされていったのでしょうか。

2年目は、持ち上がりを希望して同じ子ども達の担任になりました。また、校長先生と教頭先生が変わり、学校環境も大きく変化しました。

そんな中で、怒涛の1年目の経験を踏まえて、2年目は子どもたちの学びを深めるための実践を行いました。例えば、算数の授業で学んだことを一枚の紙にまとめて掲示していく取り組みを行いました。簡単に言うと、教室の中に「学びの足跡」を残すというものです。いつでも復習することができますし、振り返りの習慣づけにもなります。授業の中で「あそこに書いてあるじゃん」と子どもたちが「学びの足跡」を学習に活かしている声も聞かれるようになり、少しずつ成果が見えるようになりました。

「みんなが自然にみんなのために行動できる教室」の実現を目指して

フェローシップ・プログラムを修了した後も教員を続けている理由を教えていただけますか。

率直に「私、このまま終わったら何もできないままじゃん!」というのが大きいです。だから、3年目も教員を続けようと決めました。

そして今年度は、1年生の担任を希望して任せてもらっています。1年生ってゼロから始まるものがほとんどなので、すべてが成長だと感じることができます。初年度は「大変」と感じることが多かったのですが、3年目になったいまは子どもたちの成長や反応を「面白い」と感じることができています。

今後のチャレンジを教えていただけますか。

いまは、「自分で考えて良い方向に持っていけるような1年生」に育ってくれるように関わり方を意識しています。経験のある先生方が当たり前にやっている「躾」の部分にプラスして、自分たちで考えて行動できる子たちになってほしいと思っています。

私は「公民的資質の向上」ができる教育を目指して先生になりました。もう少し分かりやすい言葉にすると「ちゃんと選挙に行ける人」。小学生に伝える言葉にすると「みんなが自然にみんなのために行動できる教室」です。

自分がいる場所を自分で良くする方法があるっていうことを理解して、自分事と捉えて行動してほしいというのがずっとあります。ただ、小学校1、2年生には難しいと思っていました。でも2年間経験を積んだいまは、小学校1、2年生のクラスの中でも実行できると確信しています。

自分に影響力があるっていうのをわかってほしい。自分の働きかけで、「変えられる」って実感したら、「また変えられる」って繰り返せるじゃないですか。そこを実感させてあげたいです。

(編集後記)
「教員を経験して一番学んだことはなんですか?」という問いに、「先生たちが当たり前にずっとされていることは本当にすごいこと。自分もまずはそこに追いつかないと!」と答えた村上さん。ご自身の伝えたい想いをのせて子どもたちと向き合う村上さんの今後が楽しみです!

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