教育の目的とは?日本の教育の目的と今必要とされる方向性!
- コラム
教育の目的は、教育の方向性を定め、何を教えるべきかを決め、育まれるべき資質・能力・態度等を示す、教育の根本ともいえます。目的の達成のためには、教育の内容と目的に一貫性があることがとても大切です。今回は、根本的なテーマである一方、議論されることが少ない「教育の目的とは何か?」という問いを考え、日本と現代社会に焦点を当てながらご紹介いたします!
教育の目的の複雑さ
教育の目的を定め、理解することは非常に複雑です。教育は公的な関心事、個人的な関心事であると同時に、政治的な関心でもあり、それぞれの立場の人々が異なる目的を抱いていると言われています。まず、なぜ教育の目的を考えることが大切なのか見てみましょう。
教育とは意図的で目的のある営み
教育の目的を定める重要性に、そもそも教育が意図的な営みである点が挙げられます。教育哲学者のホワイト博士は、次のように述べます。
教育というものは、何かを目指しているべきです。教育者に目的が必要なのは自明の理と思われるかもしれません。教育とは、意図的な、目的のある営みであることは間違いなく、そうでないことは考えられません。
(引用元:White, J. (1982). The Aims of Education Restated. Oxon: Routledge, p.5 筆者訳
この引用から、教育の性質自体が意図的な営みであるため、目的がなければ、成立しない営みであることがわかります。
近年、日本に限らず世界中で、PISAやTIMSSなどの教育の国際比較調査の影響により、教育成果の競争力を上げる意図が目的に反映されることが多いと言われています。具体的には、読解力や数学的リテラシー等の学力の向上が目的として強調される傾向などが挙げられます。教育学者のビエスタ教授は、教育の目的は何か、良い教育とは何かを議論ぜず放っておくと、指標そのものが目的となり、優秀さや効率性への追求が教育の目的になりかねないと注意し、教育の目的を議論する重要性を訴えます。
教育の目的の多元性
教育とは数多くの利害関係者を伴うため、それぞれの立場の人が異なる目的を掲げます。例えば、政府が設ける教育の目的には政治的・経済的意図が組み込まれ、学校に勤める教職員の方々は、個々の子どもの成長に重きを置きます。一方で、親が教育に期待する目的は十人十色です。また、教育に直接携わらない納税者である国民も、教育の目的について様々な思いを抱きます。教育哲学者のウィンチ教授は、このような目的の多元性を踏まえ、次のような意見を述べています。
社会の教育目的の成立は、政治的な問題であり、利害関係者により編み出さなければならないということです。それは、子どもや保護者、そして個々の教師、雇用者、組合、教育関係者、政府の意見を考慮することだと思うのです。つまり、(教育が)何を目的とするかについては、ほぼ間違いなく妥協が必要になるのです。教育者は発言する権利はあるが、すべての意見を発言する権利はなく、これは他の利害関係者にも当てはまります。
(引用元:Winch, C. (2004). Work, the Aims of Life and the Aims of Education: a Reply to Clarke and Mearman. Journal of Philosophy of Education, 38(4), p. 635 筆者訳)
この引用から、全ての立場の人の意見が考慮されることが大切であることが読み取れます。つまり、政府だけでなく、子どもや教師、親の思いも目的に組み込むことが大事なのです。
日本の教育の目的とは?
教育の目的を明確に設けない国も複数ある一方、日本では、教育基本法や学習指導要領に、教育の目的が明確に掲げられています。ここでは、日本の教育が何を目的としているのか見てみましょう。
教育基本法
日本の教育基本法第1条は次のとおり教育の目的を明記しています。
第1条(教育の目的) 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
(引用元:第1条 (教育の目的)|文部科学省)
文部科学省は、第1条の構造を次のとおり分解し説明しています。
(第1条 (教育の目的)|文部科学省をもとに筆者作成)
法的に定められている一方で、「人格の完成」や「心身ともに健康な国民の育成」など表現が漠然としているとも言えます。教育基本法第2条では、第1条の目的の実現のために、5つの教育目標がより詳しく掲げられています。
一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。(引用元:教育基本法|文部科学省)
知識・能力に限らず、日本の社会が大切にする様々な態度を養うことを目指していることがわかります。
教育の目的は、教育基本法以外の文書にも見ることができます。例えば、2020年〜2022年に導入された現行の学習指導要領では、「新しい時代に必要な資質・能力の育成」「確かな学力の育成」という表現が繰り返し使われています。また、第3期教育振興基本計画が整理した5つの方針のうち、目的として見れる点が挙げられています。
夢と志を持ち,可能性に挑戦するために必要となる力を育成する
社会の持続的な発展を牽引するための多様な力を育成する(引用元:第3期教育振興基本計画|文部科学省, p.20)
他にも、文部科学省の文書で「生きる力の育成」や「国際的に競争力ある人材の育成」などの表現もよく見かけます。さまざまな表現が使われている中で、最も重要と言える点は、日本の教育は学力の育成だけを目的としていない点かもしれません。試験や受験などで常に学力を測定されるため、学力の育成が教育の最優先事項と思われる場面が多いかもしれませんが、本来の目的は学力・知識を養うことだけではないという点を振り返ることが大切かもしれません。また、児童生徒、学生達が、教育から得られるのは学力だけでないと日頃から気付ける教育を実現することも重要かもしれません。
義務教育の目的
次に、義務教育の目的を見てみましょう。少し長い引用ですが、文部科学省は、義務教育の目的を次のとおり説明しています。
義務教育の目的については、次の2点を中心にとらえることができるものと考える
1. 国家・社会の形成者として共通に求められる最低限の基盤的な資質の育成
2. 国民の教育を受ける権利の最小限の社会的保障義務教育を通じて、共通の言語、文化、規範意識など、社会を構成する一人一人に不可欠な基礎的な資質を身に付けさせることにより、社会は初めて統合された国民国家として存在し得る。このように、義務教育は国家・社会の要請に基づいて国家・社会の形成者としての国民を育成するという側面を持っている。
また、一方で,義務教育には、憲法の規定する個々の国民の教育を受ける権利を保障する観点から、個人の個性や能力を伸ばし、人格を高めるという側面がある。子どもたちを様々な分野の学習に触れさせることにより、それぞれの可能性を開花させるチャンスを与えることも義務教育の大きな役割の一つであり、義務教育の目的を考える際には、両者のバランスを考慮する必要がある。
(引用元:2 義務教育の目的,目標|文部科学省)
国民としての資質の育成及び、個人の可能性の開花の両方が重視されていることがわかります。
今必要とされる教育の目的とは?
教育は社会と双方向に作用するため、常にその時々の社会動向にも対応しており、目的も社会のニーズを加味し変化すると言われています。最後に、現代社会が必要としている教育の目的とは何か考えてみたいと思います。
共通の「善」を意識した目的
格差社会の拡大や、多様な社会課題が深刻化する現代、教育の目的が改めて、共通の「善(ぜん・よい)」に焦点を当てる重要性が挙げられています。2021年にユネスコが発表した教育の未来に関するグローバルレポート『Reimagining Our Futures Together: A New Social Contract for Education』では、教育が持続可能な社会の実現という目的に向け機能する必要性と期待が強調されています。他にも、教育学者のホワイト教授は、不確かな未来を見据える今、個人のウェルビーイングだけでなく、共通のウェルビーイングを目的とすることが大切だと呼びかけます。
学力測定や国際比較による、個人間、国同士の学力競争が激化する昨今、改めて教育とは何を目的とするのか、教育は何ができるのか、振り返ることが大切かもしれません。
Teach For Japanは、すべての子どもが、素晴らしい教育を受けることができる世界の実現を目指し活動しています。日本各地の学校へ教師として赴任するフェローには、「教育の目的とは何か?」を考え、議論する研修を設けています。現代の社会情勢・課題を意識し教育の目的を常に考えながら、引き続き活動に取り組んで参ります。
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まとめ
今回、教育の目的について簡単にまとめて紹介してみました。教育の目的を考えてみると、教育とはそもそも何かを振り返るきっかけになります。教育だけで、社会課題を解決することはできませんが、教育は確かに一端を担っているように思います。一人一人の子どもが豊かに育つ教育とは何か、個人の成功だけでなく、共通の善に貢献する教育とは何か、それぞれの立場から考え、信念を持ち、行動していくことはとても意義深いのではないでしょうか。漠然としている一方で教育という営みの核心に触れる「教育の目的」というテーマを引き続き考えていきましょう。
参考:
2 義務教育の目的,目標|文部科学省
第1条 (教育の目的)|文部科学省
教育の目的・目標と教育課程に関する一考察―日本とドイツのコンピテンシー理解を中心に―|坂野慎二
White, J. (1982). The Aims of Education Restated. Oxon: Routledge.
White, J. (2020). Education in an uncertain future: Two scenarios. London Review of Education, 18(2), pp. 299-312.
Winch, C. (1996). Quality and Education. Oxford: Blackwell Publishers.
United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization (UNESCO). (2021). Reimagining Our Futures Together: A new social contract for education. Paris: UNESCO.
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