教育を軸に、その人が、その人にとってより良く変容できる機会を作ってきたい
- 修了生インタビュー
~アラムナイインパクト vol.10_木村彰宏(30)_軽井沢風越学園スタッフ~
フェロー経験者であるアラムナイの今を紹介する本企画「アラムナイ・インパクト」。第9回目の今回は、フェロー第2期生の木村彰宏さんです。木村さんは現在、軽井沢風越学園のスタッフとして働くほか、主に教育を軸にコーチやファシリテーターとしても活躍していらっしゃいます。そんな様々な顔を持つ木村さんの信念や、取り組んでおられる活動に対する思いなどを伺いました。
週5で学校スタッフとして働きながら、平日朝夜や週末を活用して幅広く挑戦し続ける木村さんの姿に、一言で教育と言っても様々なキャリアの可能性があることを感じていただけるかと思います。教育はライフワークと言える活躍ぶりにも刺激を受ける内容となっていますので、ぜひお楽しみください。
出身大学 | 帝塚山大学 教育学部 こども教育学科 |
職歴 | 復興支援NPO職員(2013年4月〜2014年2月) 小学校教師(TFJフェロー)(2014年3月〜2016年3月) 株式会社LITALICO(2016年4月〜2020年10月) 一般社団法人こたえのない学校(2017年4月〜) 株式会社コーチェット(2020年4月〜) 学校法人軽井沢風越学園(2021年4月〜) その他コーチング、WS設計・ファシリテーション業務等 |
誰にとっても居心地のいい学校環境を作りたい。人生の選択肢が限られている子ども達の力になりたい。
早速ですが、現在のお仕事内容について教えてください。
学校法人軽井沢風越学園でスタッフとして働いています。同学園は2020年4月に開設した新しい学校で、2.2万坪の緑豊かな環境に、3~15歳までの子ども達が一つの校舎で学ぶ珍しい学校です。私は先生にも子ども達にも「あっきー」の愛称で呼ばれています。
これに加えて、株式会社コーチェットで、マネジメント層向けにコーチングを教える仕事もしています。約3カ月間でコーチングのスキルを身に付ける習得プログラムを担当しています。
また、個人事業主としてコーチングやファシリテーターの仕事も請け負っています。現在で言えば新潟の高校で探求的な学びを設計のサポートなどもしています。さらには、一般社団法人答えのない学校で、カリキュラムの設計やファシリテーターのお手伝いをしています。
また、学校の先生方向けに伴走支援も行っています。先生は職業柄、1on1の機会がなく自分自身を振り返ったり、内省したりすることがありません。そこで、3週間に1回程度の頻度で1on1を行い、これまでの振り返りと共に、今後のアクションを考え実行をサポートしていく機会を提供しています。
このように、平日夜や週末を活用して様々な仕事をしていますが、全てが仕事のようで仕事でない感覚で取り組んでいます。まさにライフワークですね。
幼い頃の経験が、教育を志すキッカケになったんですよね。
一言で言うと、小・中学校の時に感じた学校への課題意識が根本にあります。
私は京都府の出身なのですが、住んでいた地域は生活水準にバラつきがあるようなところでした。そのため、小・中学校と一緒にいる仲間の中にやんちゃな子ども達もいたのですが、彼らが学校でどこか腫れ物扱いされる場面を見ていて、子ども達の間に境界線が引かれていることに、モヤモヤしていたんですよね。
やんちゃな彼らも個別に話せば皆いいやつで、1人ひとり自分の考えを持っている。それなのに、そんな扱いを受けている状況に、なんで人と人との間に境界線ができてしまうんだろう、なんで学校という場所ではそんな子ども達が悪者扱いされるんだろうなどと思うようになりました。学校が誰にとっても居心地のいい場所にならないのはなぜなのかという課題意識を持って、小・中学校を過ごしていました。
そういう思いもありましたし、自分の親が教師だったこともあり、高校の時、将来は教育に関わることで、自分が感じた課題を解決していきたいと思うようになりました。また、地元では町内で様々な年齢の子ども達と関わることが多く、子どもが好きだったことも教育をキャリアに選ぼうと思った最初の理由ですね。そこで、大学では教育学部で幼児教育について学びました。保育園、幼稚園、小学校の免許を取得しています。
学生時代は、どういったことを学んだのですか?
大学内だけでは、実践的に学べることに限界があると感じ、学外での学びを求めて様々な活動をしました。
当時、教育を取り巻く様々な社会課題に興味を持っていて、生活保護を受けている家庭の子ども達が無料で通える取り組みをしている塾で働いたり、ホームレスの炊き出しに参加したりしていました。また、小さい頃から自然の中で遊んだり学んだりする機会が多く、そんな機会を子ども達にも届けたいとの思いで、NPOに所属し無人島に子ども達を連れて行って生活するような活動もしていました。
大学前半はこのように、興味関心ある機会にとにかく足を運び、「やってみて学ぶ」という経験を沢山積んでいたように思います。その後、海外の貧困問題についても学びたいと考え、フィリピンへ渡航しました。NGOを通じてスモーキーマウンテン(ごみ山)で暮らす子ども達に関わり、日本にいるだけでは分からない世界の子ども達の現状やそのような課題が生じる、世の中の構造的な問題を肌で感じました。
そんな中、日本に帰国して1週間もしないうちに、東日本大震災が起こったんです。当時は大学2年生の冬だったのですが、そこから復興支援に関わり始めました。引き続き、貧困などの社会課題に興味はありましたが、まずは東北で今の自分に出来る事をしたい、と思い、大学後半は学内外で教育について学ぶことのほかは、ずっと復興支援に関わり続けました。
そして卒業後は、復興支援を行う社団法人に就職し、子どもの居場所、遊び場、学び場、そして心のケアに対する支援活動を行いました。震災で家族を失って心に傷を負った子ども達や、家族を失ってはいないけれど、津波で街を流されたことにより遊び場や学び場などを失った子ども達に寄り添うのが、僕のファーストキャリアでした。
では、なぜフェローになろうと思ったのですか?
復興支援を行う社団法人で働く中で、それ自体すごく意味のある活動だと思っていたのですが、教師として子ども達に関わりたいと思うような出来事があったからです。
岩手県の沿岸で働いていると、現地の小学生や中学生、高校生と話す機会が多くあったんですよね。その子ども達に「将来、何になりたいの?」と聞くと、ある高校生が「僕は馬鹿だから漁師になります」と答えたんです。本人が心からなりたいと思っている職業だったなら、応援したかったのですが、漁師になりたい理由が「親に、お前は馬鹿だから漁師になれと言われたから」だと聞いて、ハッとしたんです。
被災地が抱える課題はたくさんあったのですが、それ以外にも過疎地域特有の課題もあると感じたんですよね。出会う大人や、生まれた環境によって将来の選択肢が変わってくるという現実に対して、葛藤を覚えました。
そこで、復興支援も大事だけど、私以外にも復興支援に熱い思いを持つ方がたくさんいるし、自分はまだ若くてエネルギーもあると思って、今だれの側に行きたいのかと考えました。その時に思ったのが、人生の選択肢が限られている子ども達の側に行きたいということだったんです。それが出来るのが、教師だったんですよね。
そうして教師を志す中で出会ったのが、Teach For Japan(以下、TFJ)でした。当時のTFJは貧困による教育格差を課題に掲げていたので、自分が関わりたい思っている子ども達がたくさんいそうな公立の学校で教師になれると思い、魅力的に感じたんですよね。苦しい環境にいる子ども達を支援する事が元々の志だったので、当時のTFJは、自分にフィットしていました。
子ども達に向き合った2年間。学校外で登壇の機会を得るなど精力的に活動した
フェロー時代を振り返って、どんなことを思い出しますか?
シンプルに楽しかったですね。奈良の小学校に赴任したのですが、時間もお金ももの凄く割いて子ども達に向き合った2年間でした。
私が赴任した学校は、多様なバックグラウンドがある子ども達が通っており、日々関わる中で「どのようにサポートをすればいいだろう」と関わりに悩む子も大勢いました。ですが、子ども達の力を信じて試行錯誤しながら関わり続けることで、子ども達がどんどん変化する様子に出会いました。子どもたちは元々力や可能性を持っていて、大人のかかわり方次第、サポートの方法次第、取り巻く環境次第、出会う大人次第で、どこまでも変化していくんだということを強く感じましたね。
実際に取り組んだ事としては、例えば「100人の大人からのメッセージ」という活動をしていました。「自分が関わっている子どもたちの中には、その地域で生まれて、就職して、結婚して、生涯を終える子もいるだろう、死ぬまで出会うことのない職業もたくさんあるだろう、そんな子達が少しでも人生の選択肢を広げられるきっかけがつくりたい」と思い、様々な仕事をしている大人からビデオメッセージをもらって教室で流していました。加えて、実際に教室に来てもらう機会も作っていましたね。
そうすると、そこで出会った職業、大人を見て、自分もあの人のようになりたいと思い勉強し始める子ども達がいて、一つのアプローチとして手応えを感じていました。
ほかには、信頼関係を前提に、様々な挑戦と振り返りを通して人の成長を目指すプログラム「プロジェクトアドベンチャー」を学級経営の一つの軸に置いて、日々実践をしていましたね。日々の学級活動の中で、毎日何かしらの体験を作り出すようにし、それを子ども達と一緒にやって、振り返って、次はどうするかのアクションまで考え、話し合うサイクルを繰り返すことで、子ども達の発育を促していました。これは、学級内のチームビルディングにも役に立っていましたね。
また、インクルーシブ教育にも注力しました。多様な子ども達にとって、いかに一人一人が学びやすい環境を作り出すのか、届けるのかを探求していましたね。例えば、作業療法士の方が行う感覚統合療法からヒントを得て、じっと座って学ぶのではなく本人の希望に合わせて動きを取り入れて学べるようにする、個人のペースに合った学びを提供するなどしていました。
※感覚統合療法・・・ただ立っているだけでも感じる風の感触、騒音、気温などの様々な感覚を脳でうまく整理できるように、感覚統合機能を発達させること(=感覚統合がうまく機能するように導くこと)
このほか、学校の外での活動も積極的に行っており、TFJの研修でアメリカ・サンフランシスコへ視察に行きました。Teach for Americaのアラムナイが作ったチャータースクール(民間が運営する公立学校)を見に行ったり、ソーシャル・エモーショナル・ラーニングで有名な学校に行ったりしました。1週間でしたが、とても学びのある研修でしたね。
このほか、現役フェローとして様々な場で講演する機会も頂き、民間企業で講演をしたり、研修設計に関わらせていただいたりしました。その中で、インクルーシブ教育に興味・関心があって実践していることを発信していたので、フェロー後の就職先である株式会社LITALICOとのご縁も生まれました。実際にLITALICOの方が教室まで見学に来てくれたんですよね。フェロー期間中から、一緒に教員向けの研修プログラムを作るなどしていました。
思い返してみると、フェロー経験を通しての子ども達との思い出や、様々な方や多くの機会・その中での新たな課題意識との出会いがあるからこそ、今も教育に関わっていると言えますね。
フェローで赴任した学校では、様々なバックグラウンドを持つ子ども達と出会いました。そんな子ども達と過ごす中で、この子たちが幸せに生きていける社会にしたいとか、子ども達が自分らしく学びながら成長できる教育って何だろうとか、今の活動に繋がる決心や問いが生まれました。
教育に関わり続けながら、よりよい社会作りにアプローチしている方をサポートしたい
今後の展望を教えてください。
展望をお話しする前に、フェロー後のキャリアについて少し触れられればと思います。
私は、フェロー後に株式会社LITALICOに入社し、発達障害の子ども達が学びやすい環境づくりのサポートをした後、LITALICOの人事になりました。そこで、教育や福祉の分野で働きたいという新卒や中途の方のサポートをする中で、大人も学びたい、より良くなりたいと思っていることを感じたんですよね。そんな体験もあって、コーチングやファシリテーションを本格的に学び始めました。
そうやってコーチングを本格的に学んでいた頃、株式会社コーチェットの立ち上げに伴い、日本のリーダー達にコーチングを通して、人を育てるスキルを学んでもらう事業に参画しないかと声をかけてもらい、お手伝いさせていただきました。そうすることで、トップダウンで多くの人を変えていける波及力のある仕事の面白さも経験させてもらうと共に、コーチングの可能性を改めて感じました。
しかし、その一方で、やっぱり自分はもっと教育や子ども達に関わっていたいな、教育に関わっている人のサポートがしていきたいなとも思ったんです。自分のやりたい事を実現している魅力的な大人の方々と関わるのも面白いけれど、そういう大人になっていける子ども達を育てる事の方にも改めて魅力を感じたんです。そんな心境の変化もあり、また学校現場に戻りたいと思っていたタイミングでご縁をいただいたのが、軽井沢風越学園でした。
こういったキャリアを歩んできて改めて思うことは、子どもからおとなまで、その人が、その人にとってより良く変容できる機会を、世の中にたくさん作っていきたいということです。個人として、その手段を増やしたり、精度を高めて行くことが、ここ数年の一つの目標ですね。そのためには、子ども達が過ごす学校という場所をより良くしていくこともそうですし、学校の先生が学べる環境を作っていくことも必要だと思い、現在のように様々な活動をしています。
これからも教育や、教育に関わる方々がより良く変容していかれる機会に関わり続けたいですし、教育に限らず、よりよい社会を作ろうと様々な角度からアプローチしている方のサポートを、コーチングを軸に行い続けたいですね。また、組織に対してもコーチングやファシリテーションを軸にアプローチしたいと思っています。そのために必要なことは、今後も学び続けたいです。
最後に、フェローになろうとしている方へアドバイスをお願いします。
当然かもしれませんが、重要なこととして私が心から思っていることは、教育に思いがあって関わりたいと思っている方が、TFJのフェローになることで「現時点よりもその方が)悪くなることはない」ということです。
現場では苦い経験をしたフェローもたくさんいたかと思いますが、それを通して得た経験や知識は何にも代えがたく、自分をステップアップさせてくれると思います。なので、想いを持って現場に出たアラムナイたちは、そこからより専門性を磨いていき、中長期的に見れば教育業界への貢献に繋がっていく一方だと感じています。現に、教育分野にイノベーションを興していく人材が育っていくのが、TFJのプログラムであり、コミュニティだなと感じています。
だからこそ、教育へ想いがあり現場で子ども達と向き合う覚悟がある方は是非チャレンジしてほしいです。TFJのプログラムを通して日本の教育をより良くしたいと考え、教育に関わっていく人が増えるということ自体が、とても価値あることだと思います。
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