フェロー候補生向け研修プログラム「自分史」で、自己理解を深めよう
- コラム
コロナ禍で人に直接会いづらいなど、外に向かう行動に制限をかけられる中、自分自身を振り返るなど、内に向かう時間を取れるようになったという方も多いのではないでしょうか。かく言う筆者も、その一人です。
そこで今回、自分自身を振り返る一つの手段としてご紹介したいのが、Teach For Japan(以下、TFJ)がフェロー候補生向けの赴任前研修で実施しているプログラム『自分史』です。
ここでは、これまでの自分を、自分や他人の目線から振り返ることで自己理解を深め、さらには自己承認や他己承認、相互承認を促すことを目的としています。そうすることで、フェロー候補生には教員として出会う子ども達や同僚教員、また地域の人たちとのより良い関係構築に役立ててもらっています。そして、この経験は、どんな社会人の方に対しても役立つと考えています。
本記事には、ワークも含まれます。実践を通して、自己理解を深める機会にしていただければと思います。
『自分史』とは?
まずは、今回ご紹介する『自分史』について簡単にご説明したいと思います。
『自分史』とは、大阪教育大学教職大学院の特任教授で、TFJの理事も務めている田中滿公子(たなか・まきこ)先生が、先行研究や実践をもとに考案したプログラムです。田中先生は、TFJでの『自分史』の取り組みを含め、教師がこれまでの教員人生を振り返り、未消化の苦い経験などにも意味を見出し、また教育現場で活用していく流れを実践的研究論文としてまとめ、学会や研究誌に発表されています。
この研究は、ライフコース研究という分野に属し、著名な先行研究としては、東京大学名誉教授であった教育研究者、稲垣忠彦氏の「教師のライフコース」(1988)や、東京経済大学教授である高井良健一氏の「教師のライフストーリー」(2015)などがあります。
田中先生は、それらをもと研究にしており、『自分史』のプログラム内容についても、学術的というよりは実践的で、座学形式だけでなく、実際に頭や心で考えて手を動かすワーク形式を中心に進められます。
また、『自分史』の内容は、TFJのプログラムとして組み込まれる以前の2010年から、大阪府立学校の女性管理職教員の自主勉強会の中で実践されていました。加えて、田中先生がスーパーグローバルハイスクール指定校の大阪府立高校の校長先生をなさっていた2014年には、高校生に対しても実施された内容です。ゆえに、老若男女を対象に、約10年かけてブラッシュアップされた内容と言えます。
TFJが『自分史』を実施する目的とは?
では、なぜTFJは、フェロー候補生たち向けの赴任前研修で、『自分史』というプログラムを組み込んでいるのでしょうか。それは、フェロー候補生が、現場に赴任して子どもたちと向き合う準備として自分自身を振り、楽しかった経験も苦しかった経験も思い出し、その時に味わった感情や学びなどを再認識することで、自己理解を深めてもらうためです。
『自分史』では、自分が味わった楽しい経験だけではなく、悲しみや苦しみなどの経験もありのままに受け入れることで、他人の苦しい経験も受け入れられるようになると考えています。そのように他人を受け入れられる素地を身に付けることで、これから教育現場で出会う子ども達や同僚教員、地域の人たちと、より深い信頼関係が構築できると考えています。
『自分史』で期待できる効果とは?
『自分史』を通して自己理解を深めることで、自分の強みや弱みを認識することが期待されます。また、自分の強みや弱みといった個性を受け入れることで、自己肯定感を高めることも期待されています。
加えて、認識した自分の強みを他人に差し出し、助けることで、他己承認も得られると考えています。また逆に、自分の弱みを認め、他人の強みで助けてもらうことで、相手の強みを肯定することもでき、相互承認の機会を作り出すことも可能だと考えます。
そうすることで、他人の強みを発掘できる力も養い、この力を持って教育現場に行くことで、相手の自己肯定感を高める手助けもできるようになるのです。
これは、これから教員になろうとしているフェロー候補生には、ぜひ身に付けておいてほしい力の一つです。しかし、この力は教育現場だけでなく、他人と関わる全ての場面で役立つことから、どんな人にとっても身に付けておいて損のない力だと言えるでしょう。
実践!『自分史』の内容とは?
ここからは、『自分史』のプログラム内容をご紹介していきます。ペンとノートをご用意いただき、実践を通して自己理解を深めていただければと思います。
『自分史』のプログラムは、4つのSTEPで構成されています。各STEPの概要は以下の通りです。
STEP1,『自分史』BEST10を作成する
STEP2,『自分史』BEST10をつなげて、文章にする
STEP3,他人へのインタビューを通して、自己理解を深める
STEP4,STEP1~3を総合してビジョン、強み、弱み、課題を書き出す
それでは、各ステップごとに詳しくご紹介していきます。
STEP1 『自分史』BEST10を作成する
まずは、自分の内面を整理していきましょう。
自分のこれまでの人生を振り返り、感情が大きく揺れ動いた出来事を思い出してみましょう。例え小さな出来事でもいいので「うれしい」「悲しい」「腹が立つ」など“感情的に”覚えていることを、4つの項目【何歳】【出来事】【その時の感情】【キーワード】に沿って、10個書き出してみましょう。
その際には、時系列で【幼少期】【小学校時代】【中学校時代】【高校時代】【大学時代】【社会人時代】と書き出してみると考えやすいでしょう。幼少期の記憶については薄れていることも多いかも知れませんが、出来るだけ記憶の糸を手繰って思い出してみてくだい。
<記入例>
【何歳】11歳
【出来事】中学校の耐寒マラソン大会:陸上部だったけど長距離は苦手だった。クラスでは1番だけど陸上部では親友に敵わないのが悔しくてしょうがなかった。中学時代最後の大会ではイメージトレーニングが上手く働き、いつもの自分の限界を越えた精神力で走りきった。嘘みたいなセリフだけど当時の監督に駆け寄り「俺、やりました!」と思わず言ってしまった。今でも恥ずかしく思い出すことがある。
(POINT!自分だけでなく、読む人にも具体的に伝わるように書き出しましょう)
【そのときの感情】自分と試合と親友に負けたくない気持ちが最高潮
【キーワード】負けたくない
STEP2 『自分史』BEST10をつなげて文章にする
STEP1で書き出した「『自分史』ベスト10」をつなげて、文章を作ってみましょう。
書き終えたら全体を読み、500~1,000字程度で気づいたことを書き出しましょう。これはSTEP4の内容にもつながっていくので、しっかりと深掘りする姿勢を持って取り組んでみてください。
<記入方法>
1)はじめに「私は○年○月○日、父と母のもとに生まれました。」と書いて始めましょう。
2)次に、【幼少期】【小学校時代】【中学校時代】【高校時代】【大学時代】【社会人時代】の時系列に沿って、『自分史』BEST10の項目をつなげながら『自分史』を作成しましょう。
3)最後に「振り返り」をしましょう。全体を振り返って、気づいたことをまとめてください。
(POINT!ここが大切です。必ず、行いましょう。)
STEP3 他人へのインタビューを通して自己理解を深める
STEP1と2で自分を振り返ったら、次は3~5人にインタビューして、自己理解を深めていきましょう。
インタビューでは、出来る限り親、兄弟姉妹、叔父叔母、友人、先輩、恩師など、あなたのことをよく知っている人に聞いてみて下さい。インタビュー項目は以下の通りです。自分という人間を客観的に知る機会としてください。
<質問>
・私はどんな人間ですか?
・私の長所と短所の両方を教えてください。
<インタビュー方法>
1)インタビューした人ごとに、聞いた内容を簡潔にまとめてください。
2)全員に聞き終えたら、まとめとして全体を振り返り、STEP2で文章化した「主観的自己」と、今回のインタビューで浮き彫りになった「客観的自己」を見比べ、感想を書いてみましょう。A4、1枚程度を推奨していますが、特に字数制限はありません。まずは、実践することが大切です。出来る範囲で行いましょう。
その後、「主観的な自己」と「客観的な自己」に違いがあれば統合していきます。統合するプロセスは以下の2通りです。
(1)聞いて知った「客観的な自己」の内容が、「主観的な自己イメージ」とは違うが腑に落ちた場合
自分の知らなかった一面として、自己分析した自分像にプラスして考察しましょう。
(2)聞いて知った「客観的な自己」の内容が全く思い当たらないか、ピンとこないが妙に気になる場合
「ひょっとしたら、自分にはそんなところもあるのかもしれない」という気持ちで受け止めてください。現時点では腑に落ちないかもしれませんが、今後の人生で腑に落ちる瞬間があるかもしれません。ここでの気づきが、将来の大切なヒントになることもあるでしょう。
STEP4 STEP1~3を総合してビジョン、強み、弱み、課題を書き出す
下の表を活用して書き出しましょう。
人生のビジョン(長期目的) | |
目先のビジョン(短期目的) | |
自分の強み例1)最後まであきらめずに努力できる例2)様々なことをチャレンジする姿勢がある例3)誰とでも、すぐに打ちとめられる | 1 2 3 |
自分の弱み例1)自分は出来ないのではないかと心配し過ぎる例2)一人で全部背負ってしまう例3)失敗をいつまでも悔やんで引きずってしまう | 1 2 3 |
課題例1)自信が持てていない例2)他人に頼るのが下手である例3)ネガティブな発想をしてしまう | 1 2 3 |
まずは、「人生のビジョン(長期目的)」を記入して下さい。次に、「目先のビジョン(短期目的)」を記入してください。短期目的は、今後3年間くらいをイメージして記入すると良いでしょう。
次に、「強み」と「弱み」を書き出します。ここで注意していただきたいのが、弱みと聞くと良くない印象を持ちがちですが、決してそうではないということです。
ポジティブ心理学では、弱みのベースとなっているネガティブな感情は、私たちに何か大切なことを教えてくれるサインでもあると言われています。しかし、その一方で、こういったネガティブな感情は頭に残りやすく、心身に悪影響を与えることも少なくありません。
そういった悪影響を防ぐためにも、このSTEP4を通して知った弱みを受け入れることで、自分がその弱みのパターンに入っているときに気づけるようにして欲しいのです。そして、コントロールできるようになれば怖いものはありません。前向きに取り組んでみてください。
強みに関しては、それほど難しくないと思います。STEP1、2、3から分かった強みを記入してください。
最後に全体を振り返り、長期・短期目的を実現するための現時点での課題、特に強みを伸ばし弱みを小さくするための課題をまとめて書き出してください。
この課題の設定が重要です。なぜなら、ビジョンがあっても言動が伴わなければ、強みや弱みをうまく使いこなせず、ビジョン実現は困難だからです。必ず、課題に落とし込むようにしましょう。
まとめ
いかがでしたか。4つのSTEPを通して、自己理解は深まりましたでしょうか。
今回ご紹介した『自分史』では、自身のネガティブな経験、感情を振り返るため、心身がつらいと感じた方もいらっしゃったかもしれません。しかし、過去の苦い経験を受け入れ、これまで消化しきれていなかったネガティブな経験の意味を再定義することで、強みや弱みを認識できたと思います。
人は、自分が体験した悲しみの大きさだけ、相手の悲しみを理解できるようになるというのが田中先生の持論です。この『自分史』で知った自分の強みを相手に差し出して助け、相手の強みで自分の弱みを助けてもらうことで、相互承認を得られる関係を構築する手助けにしてもらえれば幸いです。
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