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子どもの精神的幸福度ワースト2位!ウェルビーイングとは?【前半】

2020年9月、コロナ禍で不安が続く中、ユニセフ・イノチェンティ研究所が『レポートカード16ー子どもたちに影響する世界:先進国の子供の幸福度を形作るものは何か』を発表しました。報告書では、日本を含む先進国38か国の子どもの幸福度ランキングが示されました。今回、ユニセフ報告書の概要をご紹介すると同時に、38か国中ワースト2位に位置付けられた日本の子どもの精神的幸福度に注目していきます。

子どもの幸福度とは?

本記事のテーマである子どもの幸福度ですが、幸福度・ウェルビーイングとはそもそも何なのか、幸福度への関心が高まった背景と幸福度研究の意義をみながらご紹介していきます。

幸福度ってそもそも何?

「幸福度」とは、簡単に言えば、幸福の程度である。

(引用元:幸福度とは|立法と調査 第306号 五十嵐吉郎(2010)

人間の幸福度は非常に多面的で、主観的幸福度や教育水準、環境の質、社会的支援等、様々な指標を用いて測定されます。どの研究も用いられる指標が異なるため、幸福度研究を読むにあたり何に基づいた結果なのかを理解することが重要になります。

そもそも、幸福度への関心が高まったのは10年以上前に遡ります。スティグリッツ教授らが2009年に発表した『スティグリッッツ報告書』が、世界的な幸福度への関心の発端だと言われています。

スティグリッツらは国内総生産(GDP)のみを用いて国の豊かさを計測する経済政策運営の問題点を挙げ、人間の幸福度など非金銭的指標を考慮する必要性を主張しました。それ以来、GDPを超えた経済政策の議論が活性化していきました。

2018年にOECDが発表した『GDPを超えて』の報告書でスティグリッツ教授は、幸福度の重要性を次のように述べています。

GDPは、経済社会の健全性の中心的尺度として、過度に強調されてきた。経済危機以前には、これが潜んでいた危機に対して政策当局の目をつぶらせ、危機以後は誤った政策選択をさせてきた。生活において重要なこと、例えば不平等、人々が自分のしていることや健康状態、能力についてどう感じているか、あるいは環境の持続可能性などに目を向けなければ、我々は人々、社会、そして地球にとって正しい選択をすることができない。

(引用元:より良い尺度があれば、経済危機への対応を強化することができた|OECD Japan 太字筆者加筆)

このような視点から、人々の幸福の程度(=幸福度)への関心が高まったことがわかります。

また、幸福感の議論においてハピネス(Happiness)ではなく、ウェルビーイング(Well-being)がよく用いられますがウェルビーイングとは何なのか、次の説明を参照してみましょう。


・ハピネス(Happiness)= 感情的で一瞬しか続かない幸せ
・ウェルビーイング(Well-being)= 持続する幸せ

(引用元:世界が注目する「ウェルビーイング」!「ハピネス」とは違う幸せのキーワード~ NEC 未来創造会議・分科会レポート~|business leaders square wisdom・NEC

この2つの単語の区別からも分かるとおり、幸福度研究は人々の持続的な幸せの実現に焦点をあて、様々な指標を用いて政策運営を模索しています。

ユニセフの報告書で日本は20位!

ユニセフ研究所は今回の幸福度ランキングを、①精神的幸福度、②身体的幸福度、③スキルの3観点から割り出しました。

測定するのに使われた指標と日本のランキングは次の通りです。

(筆者作成 参考:Innocenti Report Card 16 – Worlds of Influence Understanding What Shapes Child Well-being in Rich Countries|Unicef Innocenti

同研究所が2011年に発表した子どもの幸福度ランキングで、日本は31か国中6位でした。この結果と比較し「2010年代で日本の子どもの幸福度がこんなにも悪化したのか?」と思う方もいるかもしれません。

しかし、2011年の報告では今回と異なる指標を基に測定されたため、以前より低下したという変動への注目ではなく、現状を示し注意喚起する1つの結果として捉えるのが適切かもしれません。

幸福度を調べてどうする?

今回ご紹介しているユニセフの報告書や毎年発表される『世界幸福度研究』など、昨今国内外で様々な幸福度研究行われています。そこで、幸福度を調べる利点について見てみましょう。

2010年頃から日本での幸福度研究を推進・実施している内閣府は次のように説明します。

「幸せ」に光をあてることによって、これまで政策などにおいて焦点化されてこなかった「個々人がどういう気持ちで暮らしているのか」に着目することにある。
1.日本における幸福度の原因・要因を探り、国、社会、地域が人々の幸福度を支えるにあたり良い点、悪い点、改善した点、悪化した点は何かを明らかにすること
2.自分の幸せだけでなく、社会全体の幸せを深めていくためには、国、社会、地域が何処を目指そうとしているか、実際に目指していくのかを議論し、考えを深めることが不可欠であり、その手がかりを提供すること

(引用元:幸福度研究について|内閣府 経済社会総合研究所 太字筆者加筆)

つまり、幸福度研究は、幸福度についてみんなで、またそれぞれが考える機会を提供してくれているのです。そして、数値化することが困難な幸福度を測る試みが相次ぐ現状は、幸福度を高めるために議論を続けていく必要性を示唆しているのではないでしょうか。

内閣府の総合社会政策研究所によると、日本では、「1人当たり所得が高いにもかかわらず主観的な幸福感が低い」という背景も踏まえ、幸福度研究への注目が高まりはじめたと言います。

このような幸福度研究の意義を踏まえ、次に、人々の主観的な幸福感に関わる精神的幸福度について見ていきましょう。

ワースト2位だった精神的幸福度

ユニセフの報告書でワースト2位となった日本の子どもの精神的幸福度ですが、一体何なのか?簡単にご紹介していきます。

主観的幸福度につながる4因子

主観的な「幸せ」という感情や「幸福感」は抽象的な概念ですが、慶應義塾大学の前野隆司教授らの心理学的・統計学的研究で幸福感を成す4因子が定義されています。 

(筆者作成 引用元:主観的 well-being とその心理的要因の関係|日本心理学会 第 76 回大会発表論文集(佐伯政男,蓮沼理佳,前野隆司), 参考:世界が注目する「ウェルビーイング」!「ハピネス」とは違う幸せのキーワード~ NEC 未来創造会議・分科会レポート~|business leaders square wisdom・NEC

この図から、幸福感は様々な感情要因から構成されていることがわかります。そして、精神的なウェルビーイングは人々の健康において非常に重要です。

健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます。

(引用元:世界保健機関憲章とは|日本WHO協会 太字筆者加筆)

この定義からもわかるように、精神的ウェルビーイングを欠いて、健康とは言えないことがわかります。

健康であるために不可欠な要素でありながら、日本の子どもの精神的幸福度はワースト2位という結果となりました。次に、どのような要因をもとに今回の精神的幸福度の結果が割り出されたのか見ていきましょう。

日本の子どもの精神的幸福度が低い要因

ユニセフの報告書から考えられる日本の子どもの精神的幸福度が低い要因は3つ挙げられます。

①いじめ

第一要因はいじめです。いじめと生活満足度の関係性を分析した結果、日本の生徒はいじめの経験が生活満足度に比較的大きな影響及ぼすことが分かりました。

頻繁にいじめを経験した生徒で生活満足度が高かった割合は50%に留まり、他諸国で同様に高頻度いじめを受けた生徒の生活満足度と比較しても強く影響が出ることがわかります。

(筆者作成 参考資料:Innocenti Report Card 16 – Worlds of Influence Understanding What Shapes Child Well-being in Rich Countries|Unicef Innocenti, p.25

教育評論家の尾木ママは、この現状を踏まえ、日本の学校における『いじめ地獄』は重大事態だと指摘します。

②学校への帰属意識

第二要因は、学校への帰属意識です。帰属意識とは、人間がある団体の一員である・所属しているという強い自覚・意識を指します。

学校への帰属意識と生活満足度には深い関係性があることが分かっており、中でも日本の子ども達は学校への帰属意識が低いと、生活度満足度の低下が著しいことが示されました。

(筆者作成 参考資料:Innocenti Report Card 16 – Worlds of Influence Understanding What Shapes Child Well-being in Rich Countries|Unicef Innocenti, p.26

フィンランドや韓国など、学校への帰属意識が低くても生活満足度が高い生徒が多い国も多くありました。

③友達作りの容易さ

第三要因が友達作りの容易さです。社会的スキル分野で注目された指標の中で、「容易に友達を作れると思う」子どもの割合が考察されました。

日本の15歳で容易に友達が作れると感じている生徒は69%でした。調査対象国のうち日本とチリ以外は70%を超え、平均値の75.5%を考慮すると、日本には友達を作りづらいと感じている生徒が相対的に多いことが示唆されます。

(筆者作成 参考資料:Innocenti Report Card 16 – Worlds of Influence Understanding What Shapes Child Well-being in Rich Countries|Unicef Innocenti, p.19

「友達の作りやすさ」の指標は、精神的幸福度を割り出すために用いられたわけではありません。しかし、主観的ウェルビーイングの4因子に他者との繋がりが含まれるとおり、友達を容易に作れると感じているか否かは、日本の子ども達の比較的低い精神的幸福度に関係していると考えられます。

ユニセフの報告書が示す3つの要因を挙げてご紹介しましたが、国民性や文化の違いが調査回答に影響していることから、全てを鵜呑みにする必要はないという指摘もあります。

まとめ

前半記事では、幸福度・ウェルビーイング、ユニセフ・イノチェンティ研究所のレポートカード16の概要をご紹介しました。また、ワースト2位であった精神的幸福度の分野を少し掘り下げ、日本の子どもの精神的幸福が低かった要因も考えてみました。幸福度研究の意義で見たとおり、幸福度の調査は私たちに、どの様に持続的な幸せを実現していくか考え、話し合う機会を与えてくれています。TFJは教育に働きかけている組織であるため、後半記事では、教育と精神的幸福度の関連性に注目し、どのような取り組みが必要とされているのか考えていきたいと思います!

後半記事はこちら↓
日本の子どもの精神的幸福度ワースト2位!ウェルビーイングとは?【後半】

参考:
「日本の子どもの幸福度が最低レベルだと断定してよいのか?|高橋昌一郎(國學院大学教授(専門:倫理学・科学哲学))note
GDPに代わる豊かさの指標への取組例|総務省(2009)
Report by the Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress. | Stiglitz, J. E., Sen, A. and Fitoussi, J. (2009)
先進国における子どもの幸福度 – Unicef Innocenti|ユニセフジャパン・国立社会保障・人口問題研究所
幸福度研究をめぐる課題と展望|岡部光明名誉教授 SFCディスカッションペーパー(2015)
日本の子どもは「身体的健康は1位」精神的健康はビリから2番目|オギブロ(尾木ママ オフィシャルブログ 臨床教育研究所「虹」)
ユニセフ報告書「レポートカード16」発表 先進国の子どもの幸福度をランキング|ユニセフジャパン

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