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フェロー修了生インタビュー:幸田新一さん(前編)「子どもの成長に寄り添えることが嬉しかった。」

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幸田新一さんプロフィール

東京都公立義務教育学校教諭。広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、学校法人専門のコンサルティング企業に勤務し、生徒募集、カリキュラム設計、教員研修、新規開校等の支援を担当する。2015年4月よりTeach For Japanフェロー3期生として奈良県の公立小学校に赴任。2年間のフェローシップ・プログラム期間を終えた後、現職に至る。プログラム期間中に長女が生まれ、現在二児の父でもある。

 

-両親の離婚をきっかけに学校の役割を意識するように-

最初に、差支えない範囲で幸田さんのバックグランドについて、どのようなご家庭で育ったのかを教えてください。

広島で生まれ、19歳まで地元の広島で過ごしました。小学校までは公立だったのですが、中学・高校は地元の私立の男子校へ進学しました。大学へ進学する前に1年間浪人生活をして、それから大学進学のため東京へ行きました。家庭では中高時代に色々ありました。両親が中学一年生のときに離婚し、中高のときは生活が色々と変化しました。

TFJのフェローに応募したきっかけにつながるのは、中学時代になるのですが、両親が離婚したこともあり、当時は「自分は必要とされていないのではないか?」と思うことがありました。しかし、学校に来てみると励ましてくれる友達がいたり、いつも通りに接してくれる先生がいたり、私にとっては学校が社会とのつながりの場でした。教育に関わりたいと思ったルーツはそういうところにあります。こうした自身の経験から、学校は「子どもが社会とつながる場」であってほしいと思っています。学校がそうした役割を果たしてくれる場であるといいなと思います。後々振り返るとこの経験が教師になろうと志したきっかけですね。あとは両親ともに教師だったことも影響しているかもしれません。ただ、就職活動する際は第三者的な立場から教育現場を支援することに関心があったので、教師ではないかたちで教育業界に関わりたいと思っていました。

大学時代は何を学ばれたのですか?

大学は法学部でした。教育とはあまり関係ない授業がほとんどだったんですが、4年の時に何気なく受講した「学校とはなんだろう」という授業で、学校教育や学校経営への関心が高まりました。その後いくつか教育学部の授業を聴講したり、公立中学校にボランティアやインターンに行くようになりました。しかし大学在籍時には教員免許はとっていません。大学時代は学園祭の運営スタッフに熱中していました。学園祭の当日、自分たちスタッフが1年間かけて準備した場でいきいきとパフォーマンスする学生たちを見て、「人を支える」とか「人が生き生きできるのを手伝う」ような仕事をやってみたいと思いました。就職活動でも人が成長する・内面の豊かさに関わる仕事をしたいと思い、活動していました。

大学卒業後のキャリアはどうされたのですか?

学校専門のコンサルティング会社に就職しました。クライアントは私立の中高一貫校がメインで、生徒募集の戦略立案や教員研修、授業カリキュラム作成の支援などをしました。ある高校が付属中学を設立する際に、どのような学校にするのかといったコンセプト作りなどもやりました。学校説明会を実施する際などにはどのようにすれば受験生が来てくれるかを考えながら色々な工夫をして、日々の仕事にあたっていました。

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-自分の「仕事の宛先」は誰なのか?仕事を通じて気付いた自分のやりたいこと-

TFJのフェローを目指されたきっかけは何ですか?

もう一つの理由は前職で学校の先生たちと関わるなかでの考え方の変化でした。前職では、先生たちを通して、間接的に子どもに関わっていました。そこにやりがいも感じていましたが、一方で、先生は子どもたちのために情熱を持って頑張っている。それが「かっこいいなあ」と思いました。間接的ではなく、直接子供たちの成長に関われる仕事をしたいと考えがシフトしていき、私立学校の支援から公立学校の先生を目指しました。

 

TFJについてはどのように知りましたか?

確かビジネス誌か新聞か何かでTFJの代表(当時)の松田さんの記事を見たんです。それを見て共感したのがきっかけです。 

フェローエントリーにあたって不安などはありませんでしたか?

先輩フェローが赴任した学校の話を聞くと、様々な課題や背景を感じました。果たして自分に務まるのだろうかと思いましたし、自分が学校へ赴任したところでどれだけの貢献ができるのかという不安がありました。

 

その不安はどのように解消されたのですか?

赴任前のその不安は解消できませんでした。ですので、不安を持っている自分をしっかりと受け止めて、なるべく赴任前に準備をしました。

 

実際に学校に赴任されてみて、赴任される前の不安はいかがでしたか?

まず、SI(スプリング インスティチュートの略。赴任前研修のこと)で色々な知識をインプットし、自分のビジョンをつくっていき、この研修を通じてどのように子どもに関わるかをじっくり考えました。このときに自分自身の信念が太くなったので、不安もあったのですが、「やってやる」という気持ちのほうが強くなりました。

 

研修の際につくられたビジョンとはどのようなものですか?

今も変わらないのですが、「人を大切にする人を育てる」というものです。

 

 

-子どもの成長に寄り添えることが嬉しかった-

赴任期間中、一番辛かったことは何ですか?

小学校の現場に行った当初は担任ではありませんでした。学校の中で支援が必要な子どもたちを担任の先生と協力してサポートしていくという「児童支援」という立場でした。私が主に関わった子どもたちは、時には友達に対して上手く関わることができず、暴力をふるってしまったり、挫折感を感じていたりしました。赴任してすぐは、私がそのような子の思いを受け止めきれませんでした。挫折をさせてしまっているというのが辛かったです。友達とうまく関係を築けない、また暴力をふるってしまった、そんな経験をさせてしまったというのが辛かった。時には暴力がこちらにも向いてくることもあり、身体的な痛みもありましたが、殴る、蹴るによる身体的な痛みより教師として関わっているにもかかわらず、そうした行動を子どもたちにとらせてしまっている、それを止めてあげられていなかったことで感じる心の痛みの方が辛かったです。

 

そのような子どもの行動はどのように改善されたんですか?

担任ではなかったため、そうした子どもたちと濃密に関わることができるポジションだったこともあり、さまざまな関わりがありました。カッとなってしまった時の心の落ち着け方や、友達とうまく関わるための声のかけ方を一緒になって考えて試したり、毎日一日が終わると子どもとその日にあったことの振り返りを一緒にしたりしました。「こういうことを頑張れたよね」などを振り返り、本人がうまくできたということを一緒になって喜びました。そうやって成功体験、達成感を醸成しながら、その子たちの成長に寄り添えたのは嬉しかったです。もちろんすべてのことがすぐに良くなるわけではありませんが、本人のなかでうまくいったと自分の成長を感じているのを見たときはとても嬉しかったです。

 

 

【後編へ続く】

 

(インタビュー・記事作成:リクルーティングリーダー木村慎太郎、栗原貴志、高橋良輔)