【木村彰宏さん・前編】私がフェローになった理由

2016/9/24 TFJフェロー

 

今回は、Teach For Japanの第2期フェロー(教師)として2年間、公立の小学校へ赴任した木村彰宏さんに、全3回のロングインタビューを行いました。前編では、なぜフェローという形で教師になろうと思ったのかを語っていただきます。教師や教育に関心がある方、フェロー応募を迷っている方は必見です。ぜひお読みください。

 

====プロフィール====================================

 

木村彰宏(きむら あきひろ)

 

1990年、京都府亀岡市生まれ。大学卒業後、岩手県にて復興支援NPOに就職し、岩手県沿岸の子どもたちの学習・居場所づくり支援を行う。その後、2014年4月からNPO法人 Teach For Japan の第2期フェローとして奈良県内の公立学校に教員として赴任。フェロー任期中、心の知性「EQ」育成を主な狙いとしたSocial Emotional Learning をアメリカで学ぶ。2016年3月末のフェロー任期終了を受け、現在は東京にて株式会社LITALICOに勤務。

 

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ロールモデルは、教師である父親だった

 

木村さんは、いつ頃から教育に携わろうと考えるようになったのですか。

 

私が教育に携わる仕事に就きたいと考え始めたのは、高校生の時です。

 

もともと、私の両親が教育関係の仕事をしていたこともあり、教育に携わる仕事に対しては幼い頃からぼんやりとしたイメージがありました。

 

しかし、そのイメージは良いものばかりではありませんでした。むしろ、私のことより他の子どものために一生懸命になっている両親を見て、不満に思った時もあります。特に、中学校の教師であった父親は、朝から晩まで学校で過ごし、土日や夏休みも毎日クラブ活動のために学校へ行くという生活をしていました。そのため、自分を見てもらえない寂しさから、反発心を抱くこともありました。

 

そうした中、高校生になり将来についてよく考え始めると、あることに気がつきました。

 

自分の人生の中で、困った時や悲しい時、いつも支えになってくれたのは、自分に本気で向き合ってくれた周りの「大人」でした。学校の先生はもちろん、部活動に顔を出してくれる地域の方など、たくさんの大人に支えられました。

 

この時、たったひとりでも向き合ってくれる大人の存在が、子どもにとってどれほど重要であるかを、自ら実感したのです。

 

なるほど。子どもに向き合う大人の重要性に気づいてから、考え方などに変化はありましたか。

 

はい。私はこれに気がついてから、両親が子どもたちのために必死になっていた理由を少し理解できるようになりました。

 

そして、教師である父親を誇りに思えるようになったのです。

 

周囲の大人の存在に気付き、両親の背中を見ているうちに、周りにいるたくさんの大人からもらった恩恵を次の世代に返すために、自分がしたいのは教育に携わることだと思いました。

 

 

「外的環境に困難を抱える子に対してアプローチしたい」

そう思うに至った、大学時代の経験

 

大学では、教員免許をとるために教育系の学科で学ばれたのですよね。

大学での勉強以外に、教育に関する活動はされていましたか。

 

大学時代は、様々な活動を通じて子どもたちと触れ合い、教育とは何かを問い続けました。

 

自分には、体験学習が一番合っていると感じていたので、様々な経験を通じて何か違和感や課題に出会うたび、その原因や解決策を、多角的な視点から検討したのです。

 

例えば、保育園実習に行ったとき、2歳や3歳の子どもたちが抱える様々な課題に触れ、子どもの貧困問題について知りたいと思うようになりました。

 

そして、フィリピンのスモーキーマウンテンという、ゴミの山の中で人々が生活しているスラム街に行きました。物理的な貧困が問題となっているそこでは、生きることや教育とは何かを深く考えさせられました。

 

こうした活動を通じて、子どもの貧困に興味を持ち、私は外的環境に困難を抱える子に対してアプローチしたいと考えるようになりました。

 

 

東日本大震災の復興支援を経験し

公立小学校での教師を志す

 

大学卒業後は、どのようなお仕事をされていたのですか。

 

大学を卒業した後1年間は、岩手県で、東日本大震災の復興支援を行うNPO法人で働いていました。

 

そこでは、震災の影響で精神的に傷ついた子に、居場所を提供したり、勉強を教えたりしていました。

 

しかし、こうした学習支援の場所に来る子は、大半が自分で学習の居場所を求めることができたり、親や周りの大人に支援所へ行くよう言われたりした子たちでした。つまり、その子たちの周りには、その子を気にかけている大人が既にいる状態だったのです。

 

私は、本当に支援を必要としている子は、そもそも自分を気にかけてくれる大人に出会えず、学習支援の場所に来る機会すら得ていない子だと考えました。

 

本当に支援を必要としている子に支援の手を差し伸べるには、こちらが居場所を作って待っているだけでは来ない。ならば、自分から会いに行こう。そう決意しました。

 

なるほど。しかし、学習支援の場に来られない子を、こちらから見つけ出して支援するのは難しいことに思えます。

 

ひとつの解決策として、私は公立の小学校で教師をしよう、という考えに至りました。本当に支援を必要としている子は、大半が外部の教育機関には来られず、学校に埋もれていると考えたからです。

 

日本の場合、小学校は義務教育機関であるため、ほとんどの子に公立小学校へ行く選択肢自体は与えられています。しかし、不登校の子や、勉強する必要性が見出せずやる気が起きない子が少なからずいるのが現状です。

 

こうした子にこそ、こちらから積極的に働きかけることで学校に来てもらい、様々なことを学び、自身の人生の選択肢を広げてほしいと思いました。

 

教員採用試験を受けずに、

フェローとして教師になることを選んだ2つの理由

 

 

大学時代に、小学校の教員免許を取得済みですよね。

なぜ教員採用試験を受けずに、Teach For Japanのフェローに応募したのですか。

 

理由は、二つあります。

 

一つ目は、フェローになると、原則、困難な課題が比較的多くある地域の公立学校で教師をすることができるからです。

 

当時、日本全国に共通する教育課題に向き合える、公教育の場所で、経験を積みたいと考えていました。

 

そのため、教員採用試験を経て教師になるより、原則、困難を抱える子が多く通う学校に赴任するフェローになる方が、自身の目的に、より合致していると考えました。

 

岩手県で復興支援をされていたので、被災地で教師をしたい、といったこだわりはなかったのですか。

 

必ず被災地で、というこだわりは特にありませんでした。

 

なぜなら、被災地で触れた教育課題は、大半が日本全国にも共通している課題だと感じていたからです。というより、もともとあった日本の教育問題が、震災により浮き彫りになっただけだと考えました。

 

例えば、震災後、片親だけの家庭や生活保護世帯、子どもの精神的な傷、学習遅滞といった課題は、被災地で重要な課題とされました。しかし、被災地以外の地域でも、同様の課題を抱えている地域が多くあることも、大学時代の経験から知っていました。

 

震災後、被災地の課題は大きくニュース等に取り上げられたがために広く知られ、多くのNPOやボランティア団体が支援をしています。しかし、同様の課題を抱える他の地域も、見過ごしてはいけないと思ったのです。

 

フェローに応募した二つ目の理由は何ですか。

 

二つ目は、通常の教職過程では受けられないような、赴任前研修や個別的なサポートが受けられることに魅力を感じたからです。

 

もちろん、Teach For Japanの研修を受ければ安心というわけでなく、自ら学ぶ姿勢がないと、教師として務めることは厳しいです。しかし、学びたいと思った時、団体を通して様々なリソースを享受できることは、大きな利点と考えました。

 

実際にフェローとして教師をするにあたり、Teach For Japanのサポートはどのように役に立ちましたか。

 

まず、赴任前研修では、様々なセクターの第一線で活躍する方々から直接指導を受けることができました。そこでは、感覚統合やリーダーシップといった、大学での教育過程では習わなかった概念やスキルを学ぶことができました。

 

さらに、2年間のフェローを終えた現在でも、個人的につながらせていただいている方が何人かいます。そうした方々と長期的な関係を築けたことも、人生にとって大きくプラスとなりました。

 

フェロー任期中のサポートはいかがでしたか。

 

フェロー任期中は、赴任後の研修や個別対応もしていただきました。

 

中でも、Teach For Allという、Teach For Japanが持つ海外ネットワークを利用した海外研修にも参加できたことは、大きな学びとなりました。

 

海外研修では、実際にアメリカの教育現場を視察し、現地の教師と意見を交換する機会もいただきました。海外研修で学んだ教育理論や実践を応用し、すぐ学校現場で活かすことができたため、大変勉強になりました。

 

Teach For Japanが独自に持つ国内外のネットワークには、フェローになったからこそ参加でき、多くを学ぶことができたと感じています。

 

教員採用試験に合格するという形でなく、「Teach For Japanのフェロー」という独特なルートで教師なれたことは、結果的に私自身に、多くのものをもたらしてくれたように思います。

 

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