【第7回】途上国と教育②:ブータンのとある学校に初の図工教育を導入した先生・後編

2016/6/03 現役大学生ライター

 

このコラムは、現在都内の大学に通っている現役大学生ライターが、教育に強い関心を持ち教育に関わるさまざまな活動に従事している中で感じたことや、同じく教育に思いを持った方へのインタビューなどを取り上げます。前回に続き「途上国と教育」という観点で教育について考えていきたいと思います。

 

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今年の春に私が参加したあるプログラムがきっかけで、青年海外協力隊として途上国に派遣されていた2人の方のお話しを聞く機会を得ました。ブータンとエチオピアに派遣されていたお二人は、日本と教育制度が大きく異なるこの2か国でどのような経験をしてきたのでしょうか。第1回目に続き、第2回目もブータンに派遣された高井さんのお話です。

 

先生と子どもたちとの間にたちはだかる言語の壁

派遣先の学校では、子どもたちの成長がみられるという喜びがあった反面、苦労したことも数知れず。特に高井さんの前に大きく立ちはだかったのは、「言語の壁」でした。子どもたちの思うようにコミュニケーションがとれないというもどかしさの中で、どのようにして苦難を乗り越えていったのだろうか。

 

―高井さんがブータンに派遣されている時に、大変だったことは何かありましたか。

 

高井:

それはもうたくさんありましたね。まず私が直面したのは、『言語の壁』でした。ブータンは基本的に英語教育なんですよ。だから上級生になるにつれて英語だけでも授業を理解できる子が多くなってくるんですけど、まだ小さい子は英語に慣れていないので、英語と現地の言葉とを混ぜながら授業を進めていくんです。

 

青年海外協力隊での研修では、英語を基本的にやっていたんですけど、現地の学校に行ってみると、ゾンカ語っていう現地の言葉を使う頻度が多かったんです。だから、周りの人にたくさん助けてもらいつつ授業を進めていました。

 

一番困ったのが『子どもたちに対して叱る時』でした。子どもたち自身、英語で叱られていても理解はできているんですけど、現地語と比べてしまうとやはり子どもたちの心に響きにくいみたいで。

 

特に、叱る時って、子どもたちの心を動かせないと、次の行動につながっていかないので。やっぱり、子どもたちと接するときには現地語を話せるってとても大切な要素だなと感じました。

 

―言語の壁以外にも高井さんが抱えていた課題って何かありますか。

 

高井:

低学年の子どもたちを担当していたんですけど、やっぱりクラス全体をまとめるのって大変だなと感じました。特に、学校に入学したばかりの子どもたちって、つい最近までは野原を駆け回って自由に生活していた子どもたちがほとんどなので、椅子に座ってじっと先生の話を聞くということに慣れていないんですよね。

 

彼ら・彼女らを見ていると、日本の子どもたちに比べてすごく元気だなとは感じました。初めは1人ではクラスをまとめきれなくて、現地の先生に助けていただいたこともありました。

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英語教育の陰で消えていく現地の言葉

日本では、現在大学受験のみに焦点をあてた中学・高校の教育形態が問題になり大学受験改革が続々と進んでいます。日本においても教育の在り方について論争が起こることが多い中、ブータンの学校では一体どのような教育課題を抱えていたのでしょうか。

 

―高井さんが派遣されていた学校から見えたブータンでの教育の問題点って何だと思いますか。

 

高井:

本当に課題はたくさんあるんですけど、詰込み式の授業がすごく多いなとは感じました。これはブータンに限ったことではないのかもしれないですけど、ブータンではそれがとても顕著でしたね。

 

また、先生のモチベーションが日本に比べると高くない感じる部分が多々ありました。逆に言うと、日本の先生方は、本当に意欲的な方が多いんだと思いましたね、改めて。実際、ブータンでは、先生という職業の社会的地位が決して高くないんですよね。そうなると、授業も必ずしも意欲的なものではないこともあり、「ここ写して終わりね」っていうことも多いんですよ。

 

―ブータン政府が英語教育を推進している中では、何か課題はあるのでしょうか。

 

高井:

これは、ブータンの文化的な面における課題になってくるんですけど、英語教育を重視するあまり本来の母国語であるゾンカ語が廃れてきてしまうという事態が生じているんです。

 

ゾンカ語って読み書きがすごく難しい言語らしくて。そうなると、むしろ高学歴の人がゾンカ語を避け、英語を使ってコミュニケーションをとるようになっていくんです。すると、結果的に母国語であるはずのゾンカ語の特に読み書きが自由に操れなくなっている人が多く出てきてしまう。それも、とりわけ高学歴層で。そうなると、国の中でのゾンカ語の存在感が少しずつ弱まっていってしまうんですね。

 

自分たちの国のルーツの言葉を使うというのは、自国の文化を守っていくことにもつながると思うので、消滅してほしくないなと思います。

 

 

私が最も衝撃を受けたのは、ブータンには2013年まで図工の授業がなかったということでした。

 

確かに、途上国では教師不足の問題から国語・数学といったもっと基礎的な教科を重視せざるをえない現状もあるのかもしれません

 

しかし、日本の小学校では実技教科に加え、道徳・総合の授業といった時間もあります。さらには書道という日本特有の授業もあります。ブータンの子どもたちに比べてはるかに多様な授業を受けることができていて、クラブ活動や部活動も充実しています。

 

「教育の機会は全ての子どもたちに平等に提供されるべき」という概念は世界中に広まってはいるものの、改めて、教育の質という側面では課題が山積している地域も少なくはない。世界的に見れば教育の機会には恵まれていると言える私たち日本人だからこそできることとは何なのだろうか。そのように考えさせられた。

〜ライター・H